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21世紀を担う新しい産業の礎 ATR研究所

ATRは、関西の地において情報通信に関する独創的な基礎的研究を推進し、未来社会に貢献することを目的に、1986年に設立された。NTT、KDDI をはじめ、関西財界を中心に120社の株主を持つ株式会社でありながら、総務省、情報通信研究機構など官民各方面から得た研究ファンドを有効活用して、長 期的な視野に立った基礎研究を推進するという厳しい使命を帯びている。設立以来20余年、国内外の様々な研究機関や企業との連携、質の高い研究者の受け入 れなど諸施策を進めつつ、情報通信技術に関わる世界最先端の基盤研究を進めてきた。その結果、通信技術にとどまらず、自動翻訳、脳科学、ロボットをはじめとした様々な分野でも世界最先端の研究成果を挙げている。

頭上に取り付けられたセンサーで無線IDタグを感知する

最先端の脳情報技術

ATRの脳情報技術に関する最先端の研究成果は世界が注目する。特にアメリカでは国防関連で莫大な予算をかけて研究している分野であり、同国の研究者からも日本の脳情報科学研究に関する関心度が非常に高い。
ヒトがモノを見る時に、大脳視覚野が活発に活動する。ATRは世界で初めて、見ている映像を脳の活動から割り出し、コンピュータの画面上に再現すること に成功した。将来的には夢や想像など頭に浮かんだイメージを映像化し、高齢者や身体障害者の新たなコミュニケーション手段とすることも考えられ、医療への応用や脳を介した情報伝達システムなど様々な分野での応用が期待される。脳研究分野で権威ある専門誌『Neuron』の表紙への掲載は、この研究への世界的な期待と評価の高さを示している。

民間との連携にも注目が集まる。今年3月に発表されたホンダと島津製作所との共同研究は「ヒトが考え、アシモ(ASIMO)が動く」という画期的なものだ。これまでは、スイッチを押すことなく脳活動のデータを機械(ロボット)が制御するためには、脳内に電極を埋め込むなどの外科手術や特殊な訓練が必要とされていた。3社の実験では、ヒトはヘルメット型のセンサーを装置し、「右手」「左手」「足」「舌」の4つの選択肢の中で一つを選び、その部位を使用した運動をイメージする。この時に流れる脳波と脳血流を計測・解析することにより、ヒトに代わってアシモが動くのだ。
家事を手伝い、高齢者の介護を行うなど、ロボットがヒトを助ける時代になる。そして新たな産業を生む。少子高齢化が進む日本での労働力不足、また既存産業の新たなビジネス展開という視点からも、日本が世界をリードする科学技術として期待が大きい分野といえるだろう。

ロボビー。踊ったりサッカーをしたりお辞儀をしたりと楽しい。子供たちを招待しサッカー大会を開くこともあるという。子供たちの目が釘付けとなり、科学への興味が湧く

ヒューマンインターフェースのロボット技術

コミュニケーションロボットの分野そのものでもATRの研究は世界トップクラスだ。ATRはヒトが使いやすい ヒューマンインターフェースにこだわる。生活支援ロボット、ロボビー(Robovie)は、大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンにて道案内の実証実験を行い、メディアでも反響を呼んだ。
注目されたのは、ロボットが道案内に必要なヒトの「位置情報」だけでなく、道に迷っている、立ち止まっているなどの「行動情報」を感知する点だ。ショッピングモールでの実証実験では、ロボットと利用者に配布した無線IDタグを連携させ、名前を呼び、以前の会話履歴に基づくなど利用者に合わせた案内サービ スを実現した。特に子供たちに大人気でモールへの集客力にもつながった。このような実証実験を通して、コミュニケーションロボットの対話機能およびネットワーク機能の向上が着実に実現しつつあるという。若手研究者が語る。「近い将来、カフェでロボビーが注文を受け、ネットワークを介してアシモに伝え、アシモが飲み物を運ぶといった光景が見られるかもしれません」。

最先端の脳情報技術

ATRは基礎研究だけでなくビジネス展開も怠らない。NTTドコモの端末にプリインストールされている「しゃべって翻訳 日英版」「しゃべって翻訳 日中版」は、ATRで開発された音声認識・翻訳技術だ。日本語あるいは英語(または中国語)で携帯電話に話しかけると、それぞれを英語(または中国語)あるいは日本語に翻訳し、液晶画面に表示する。また、内田洋行と連携し、日本人による英語音声の聴取や生成の難しさの原因を追究し、それを克服する学習法を開発。e-Learningシステムを中心とする教育支援製品の販売およびシステム構築を行っている。

民間から初めて同社の社長に就任した平田氏。持前の明るい気さくな人柄はトップと研究員の円滑なコミュニケーションを実現させる。「研究所は200人規模が理想。お互いの名前や顔やすべて覚えられ、家族的な雰囲気でチームワークも発揮しやすい」

通信会社を出資母体として設立された、通信技術研究のための研究所がなぜ脳やロボットの研究に携わるようになったのか。平田康夫代表取締役社長に伺っ た。「通信とコミュニケーションは密接不可分です。通信というのは意思伝達であり、技術的にはある程度成熟しています。さらに意思伝達した上で理解し合う というのがコミュニケーション。コミュニケーションの分野ではやれることがいっぱいあります。研究対象がコミュニケーションとなると脳やロボットの世界になる。最終的にはヒトとヒトとのコミュニケーションは脳に行き着くのです」。

自由な基礎研究ができる環境を

ノーベル賞受賞者を数多く輩出し、世界的に評価の高い日本の科学技術研究も問題を抱えている。「日本の研究所は民間主体が多く、費用対効果を重んじるために短期決戦になりがちです。基礎科学の研究はすぐに成果は現れませんが重要な基礎体力を作りseeds(種)を育てるのです。民間で基礎研究の分野を充実させることは難しいからこそ、国家としてお金を掛けてきちんと取り組む必要があると思います」。
平田社長は業界全体について危惧していることがある。「大学を中心に評価システムが導入されたことによる評価疲れが見られます。研究者は膨大なペーパーワークに追われ、研究に没頭できない。本質以外で莫大なエネルギーを浪費しているのは大きな損失ですね」。

頭脳の空洞化も問題だ。優秀な研究者が海外へ流出してしまうのだ。「法律は性悪説を基本としていますが、研究は性善説に立たないといい成果が出ません。国からお金を貰って研究をするためには、いつ成果が出てこのくらい収益が見込めるから無駄にならない、という作文を研究者がしなければならないのです」。もっと自由に基礎研究ができる環境を整えなければ、空洞化は止められない。科学技術立国を目指す我々の国家は、実は深刻な矛盾を孕んでいる。
世界的評価の高いmade in JapanのATR研究所は、厳しい現状と向き合いながらも、研究者たちのひたむきな努力と情熱で今日も弛まず先端技術を切り拓いている。


株式会社国際電気通信基礎技術研究所
京都府相良郡精華町光台2-2-2
URL: www.atr.jp

文:加藤紀子(編集部) 構成:羽田祥子(編集部)

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