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異業界で「武者修行」

人事

資本関係もない全くの異業界への突然の出向。
ミッションも明確にされず、ただ一定期間「相手の会社にどっぷり浸かってこい」と送り出される。
こんな荒療治な人材育成研修を行っているのがアサヒビールだ。
社内で“武者修行”と呼ばれる研修は、アサヒビールから異業界への出向だけではなく、同社とパートナー会社の社員を一定期間交換することもある。この異業界人事交流は両社に何をもたらすのか。
実際に研修に派遣された社員はどんなことを思い、日々を過ごしていたのか。
研修の趣旨に賛同し、協力を申し出たヤマト運輸と共に、人事部、研修を受けた社員に話を聞いた。

個人の成長と、
異文化に触れての気づきが目的

荒川 滋氏<br />ヤマト運輸株式会社<br />人事総務部 人事総務課長

荒川 滋氏
ヤマト運輸株式会社
人事総務部 人事総務課長

 武者修行研修は、現アサヒビール社長・小路明善氏が人事部担当役員の際に考案したものだ。
ヤマト運輸と、アサヒビールとの人事交流は実は20年ほど前にさかのぼり、それぞれの役員がビジネススクールで机を並べたことに端を発する。当初は情報交換のみで人的交流はなかったが、アサヒグループが武者修行研修を始めたことによって、ヤマト運輸側から申し出る形で両社の交換人事が成立し、2010年10月から始まった。
 それぞれの人事担当者は、その目的についてこう語る。
「企業を取り巻く環境が大きく変化している中で、従来とは違う方法や視点が会社として必要になってきています。会社を支えるのは人であるという考えのもと、人材育成についても新しい取り組みや刺激が必要との考えでこの研修をスタートさせました」(アサヒビール株式会社 人事部 副課長 宮田耕平氏)。
「社内だけで個人の成長を促す研修を行うには限りがあります。異文化の中で『自分』を出して仕事をすることによって、個人の成長につながればいいとの思いです」(ヤマト運輸株式会社 人事総務部 人事総務課長 荒川滋氏)。
 基本的には個人の成長を第一に考えた研修ではあるものの、異文化に触れることによって得られる気づきが、会社の利になるのだという。
「ヤマト運輸の社員は社訓を守りながら、時代と共に変化するお客様の要望に沿って商品を生み出し、働き方を変えることを原則としています。しかし、同一の環境で働いているとどうしても視野が狭くなってしまいます。そして自分たちが一番お客様のことを考えていると思い込みがちです。しかし社外に出ると、自分たちが思っている以上に他の業界の方々は、もっと努力をしていることも見えてきます。この現実を受け止めることが重要です」(荒川氏)。

相手企業側の社員として、
会社に浸かりきる

宮田耕平氏<br />アサヒビール株式会社<br />人事部 副課長

宮田耕平氏
アサヒビール株式会社
人事部 副課長

 修行に出るのは次代を担うリーダー級の人材だ。1年間、主要戦力を社外に出すデメリットはないのだろうか。この疑問には両者とも首を横に振る。
「来ていただいた方は、当社でも即戦力として高いパフォーマンスを発揮されています。それに対して受け入れ側の社員も焦りを感じたりします。仕事の仕方の違いで時にはぶつかるでしょうが、新しい視点が生まれ、そのチーム全体が変わり成長する。デメリットはないですね」(荒川氏)。
 アサヒビール側も同じ意見だ。受け入れる人材を即戦力と見なしており、通常の人事異動となんら変わらないという。「もちろん社内選考では、相手先でも実績を残せる能力の高い社員を選びます。その上で『アサヒビールの社員ということは忘れて、ヤマト運輸の社員としてどっぷり浸かってきてください』といって送り出します」(宮田氏)。

必要なのは経験と柔軟性

 精神的な自己管理も含めた能力や、研修への向き不向きも熟慮して慎重に人選するという。また人事担当者同士のコミュニケーションも密に行われ、どういった人材を相手側が求めているかを理解して派遣候補者の選択に入る。
 人材育成に欠かせないのは経験であると両者は口をそろえる。
「アサヒビールで高いパフォーマンスを発揮できる社員は、どの企業でも同様に発揮できると思っています。高い能力の者がさらに成長するために必要なことは、経験値を上げることです。社内でできない経験は社外で経験する。現在、社の課題となっているグローバル人材の育成に関しても同じように考えています。能力のある者は海外でも国内と同様に働ける。今後も、社内の人事ローテーションと研修をうまく組み合わせながら、求められる人材を育成していきます」(宮田氏)。
「ヤマト運輸も今後さらに海外での展開が広がっていきます。グローバルに活躍できる人材は必要です。ともすると語学ができる=グローバル人材と思いがちですが、仕事ができる、ということが重要だと思っています。国内で活躍できる人は海外でも活躍できる。ただ経験があってのことなので、本人のためになることであれば、社外でもどんどん経験させていきます」(荒川氏)。
 同様に「仕事ができる」ためには柔軟性をもつことが必須条件だという。
「人に対して『自分はこうである』と語れるくらいの強い個性を持つことと、その個性を生かしつつ、チームで仕事を進めていくことができるということが、重要視されています。加えて、どのような部署のいかなる仕事であっても、自らの個性と能力を発揮できる柔軟性が求められています」(宮田氏)。
「柔軟性と感受性が必須条件ですね。一時、かなり個人を重要視する傾向がありましたが、今はチームプレーができる人、周囲のパフォーマンスを高める人を求めています」(荒川氏)。
 全くの異文化で1年間仕事をする。この研修自体、柔軟性がないと耐えられる研修ではない。また、受け入れる側も柔軟性と感受性がなければ、いくら新しい血が入ったとしても、何の変化ももたらさないだろう。企業が最も重要視する能力を磨くための研修としては、大きな効果が期待できる武者修行なのだ。


文|川口奈津子(編集部)

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