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起業家精神を育むユダヤ的教育観とは

起業家精神を育むユダヤ的教育観とは

アルベルト・アインシュタイン。スティーブン・スピルバーグ。アラン・グリーンスパン、マイケル・ブルームバーグ、ジョージ・ソロス。エスティ・ローダ、ラルフ・ローレン。マイケル・デル、ラリー・エリソン、サーゲイ・ブリン。偉業を成し遂げた、世に名を残す人々である。そして彼らは皆、ユダヤ人である。少数民族である彼らが、なぜこれほどまでの逸材を輩出し続けるのか、教育的視点からその背景に迫る。

Google創業者、技術部門担当社長のサーゲイ・ブリン(左)(写真:AFLO)

Google創業者、技術部門担当社長のサーゲイ・ブリン(左)(写真:AFLO)

真の富は「知識」である

 スティーブン・シルビガーの著書『The Jewish Phenomenon(改訂版)』によると、2008年の「フォーブス400」に選ばれた富豪(1人当たりの純資産が最低でも13億ドル)の中で、ユダヤ人は31%を占めるという。祖国イスラエルに匹敵するほどの、世界のユダヤ人口の約4割が集中するアメリカだが、全米人口比ではわずか2%(527万5千人)に過ぎない(米国ユダヤ年鑑2008年版)。たった2%に過ぎないマイノリティが巨万の富を稼ぐという、アメリカで最も経済的に成功した人々なのである。
 なぜユダヤ人は成功したのか。その答えは、彼らの教育観にあると言ってよい。
“The real wealth is portable ; It’s knowledge.”(『TheJewish Phenomenon(改訂版)』より)迫害の歴史に遭っても、脳内に納められた知識だけは誰にも奪われることがない。彼らが脈々と受け継いできた哲学である。彼らは知識を活かし、医者や弁護士、企業家や学者といった知的産業に職業を得て、社会的地位を向上させていったのである。
 グーグルの創始者サーゲイ・ブリンが「自らのキャリアは、家庭の環境による影響が大きい」と述べているように(『グーグル秘録』ケン・オーレッタ著 土方奈美翻訳、文芸春秋刊 より)、ユニークな発想の逸材を輩出してきた背景には、ユダヤ伝統の家庭環境と教育があったといえるだろう。ではこのユダヤ流とはどのようなものなのか、専門家の声を交えながら紐解いてみたい。

「学び」の宗教であるユダヤ教

 ユダヤ教は、キリスト教やイスラム教と違う大きな特徴があるという。ユダヤ文化に詳しい獨協大学の佐藤唯行教授によると、「キリスト教やイスラム教は、神と向き合い、ひたすら祈る『祈り』の宗教です。一方、ユダヤ教は、経典を学習する『学び』の宗教です。少し極端な言い方をすれば、ユダヤ教徒は勉強が嫌いだとコミュニティに居られなくなってしまう。過去には学習についていけない人々が次々とドロップアウトして他の宗教に改宗したため、結果的にユダヤ人の知力向上につながったとも言われているほどです」。

 ユダヤ人の経典を学ぶスタイルはユニークだ。ユダヤ教には、キリスト教の旧約聖書にあたる、神と人間との関係を定めた「トーラ」と、慣習や倫理、専門知識など、より具体的に人間同士の関わりについて定めた「タルムード」という経典がある。この内容の解釈をめぐっては、先人たちの考えを決して鵜呑みにしない。彼らは常に物事を「検証」するのである。様々な新しい視点を取り入れ、喧々諤々と議論し続けるのが、ユダヤ流の学習スタイルだ。
「ユダヤ人が読者の3分の1を占めるといわれるニューヨークタイムズ紙の誌面構成は、まさにタルムード方式です。ぐるぐると終わりなき渦巻状の議論を繰り返し、議論の中で湧き上がってくる多面的な捉え方、批判的な観察眼こそが重要と考えられているのです」(佐藤教授)
 このような「常識を疑ってかかれ」という視点は、言葉を換えれば「服従や協調を美徳としない」とも言える。自分らしさの追求を奨励し、自尊心を構築させる。これは、家庭内で親が子供に接する姿勢にも貫かれている。
「ユダヤ人の子育ては寛大です。ハリウッドの鬼才S・スピルバーグの母親は、ろくに勉強もせず、近所の家の窓にピーナッツバターを塗りたくったり、8ミリカメラでおもちゃの機関車が衝突するシーンをフィルムに収めることに熱中していた息子を、頭ごなしに叱ることはしませんでした。『あなたの悪いところは独創的すぎるところね』と苦笑しながらもその生き方を認め、終始温かく見守り続けたそうです。ユダヤ人の母親は、子供に対して常に問いかけ、多面的な発想を促します。幼い頃からタルムード的思考を育んでいるのです。発育期にある我が子が自分の才能を発見し、独創性を築くために必要な、のびのびとした環境を与えることに努力を惜しみません」(佐藤教授)

 こうした強い自我を是とするユダヤ的教育観が、起業家精神を育み、歴史的に逸材を輩出し続ける最大の要因であろう。服従しないからには、自らの選択に責任をもたなければならない。そのためには自ずと自己研鑽に励むことになる。社会学者マックス・ウェーバーも、この自己責任と自己研鑽を尊ぶ宗教教育が、ユダヤ人の強いモチベーションにつながっていると指摘している。

営利欲求を肯定した博愛主義

「フォーブス400」の例にあるように、ユダヤ人には富豪が多い。これは偶然ではない。「ユダヤ教は、営利欲求を肯定する宗教です。清貧という宗教上の教えは、ユダヤ教には存在しません」(佐藤教授)
 前述のシルビガー氏も、ユダヤ人は富を「生きていく上で尊ぶべき目標」であるとし、「楽しい人生には時間とお金が必要である」との価値観を有していると述べている。

フェースブックCEOのマーク・ザッカーバーグもユダヤ教徒の家庭で生まれ育った(写真:AP/アフロ)

フェースブックCEOのマーク・ザッカーバーグもユダヤ教徒の家庭で生まれ育った(写真:AP/アフロ)

 また、もう一つ、「tzedakah(ツェダカ)」というユダヤ教の教義にも注目したい。人に自分の富を分け与えてこそ、真の豊かさを手に入れられるという考え方である。ユダヤ人は、無利子の貸し付けによって貧しい同胞を支え、彼らが企業家として成功するための足がかりを得るきっかけを与え続けてきた。貸し倒れリスクのある無利子の貸し付けが、今でも毎年総額で4千万ドルにものぼるという。
「スターバックス社のハワード・シュルツは、独立開業資金の調達に苦労していた頃、すでに『貧しい同胞』ではなかったので無利子貸付を受ける立場にはありませんでしたが、地元シアトルのユダヤ人企業家たちから有利な条件で貸し付けを受けることができました。これは苦境にある同胞を援助するために金を貸すことを宗教的義務とみなす、ユダヤ教古来の伝統のおかげであったと言えるでしょう」(佐藤教授)
 また、アメリカのユダヤ人が毎年チャリティのために使う自己資金は、一般的なアメリカ人の可処分所得に占める割合の2倍にものぼる。社会のために自らの富を差し出すことこそ、成功したユダヤ人の象徴であると彼ら自身が捉えているのであろう。

13歳で成人とみなすユダヤの子育て

 ニューヨーク近郊。キャロル・カーツは、息子アレックスの13歳の誕生日を前に忙しい毎日だ。ユダヤ教では男子の13歳を成人とみなし(バー・ミツヴァと呼ぶ)、盛大なパーティを催す。(女子は12歳で成人式を行う。これをバット・ミツヴァと呼ぶ)
 キャロルの父はコロンビア大学医学部の教授を務めた。夫は大手企業の経営コンサルタントだ。自身は2人の子供が通う公立小学校のPTA会長として2年間、イベントの企画などを通じてファンドレイジングを行い、学校環境の整備と改善に尽力した。知的水準の高い、典型的なユダヤ人家庭である。

 ユダヤ人の母親にとって、子供が13歳を迎えるまでの道のりこそが最大のミッション(使命)である。ユダヤ文化継承のため、最善の教育環境を子供に用意する。ユダヤ教の幼稚園に入れ、小学校時代にはアフタースクールにヘブライ語学校へ通わせる。幼稚園では歌、祈り、行事などを通じて伝統文化に触れ、ヘブライ語学校ではトーラやタルムードの経典を学ぶ。ユダヤ人には、教育は投資であるという徹底した考え方がある。彼らは、公的教育のレベルが非常に高い地域や名門私立校のある街を選んで暮らす。たとえその街の固定資産税が高くても、自分の子供にとってベストな環境を選ぶのである。

「学び」の宗教は、早くも13歳で子供に独立を促し、その結果として彼らは若くしてクリティカルな思考力を身につけることとなる。「子供に対しては常に高いハードルを期待しているわ」と、キャロルを含め、彼女の友人であるユダヤ人の母親たちも口を揃える。
 高いハードルとは、単にトップレベルの大学に入ることだけではない。キャロルはこの夏、息子に、自閉症の子供たちだけを集めたサマーキャンプのボランティアを経験させた。机上の勉強だけではなく、多様な経験こそが子供の教育には重要だと彼女は考えている。高いハードルとは学力のみならず、人格形成も含まれている。この点について、佐藤教授の指摘は面白い。
「ユダヤ人も移民街でアパート暮らしをしていた頃には、子供たちに対して詰め込み式の教育をしていたのかもしれません。それから約1世紀を経て、彼らは充分な経験を積み、本当の意味での人生の成功というものを達観したのではないでしょうか。大きな仕事で当てるためには、もっと大らかな生き方が必要であると、4~5世代を経て彼らは気付いたのでしょう。『Knowledge is first』ではない、今のユダヤ人には道徳的基盤の上にある懐の深さが感じられますね」。

 キリスト教徒であるクリントン元大統領の娘がユダヤ人男性と結婚したニュースは記憶に新しい。インターマリッジ(異宗教との婚姻)が2000年には47%を超え、今後のユダヤ文化の継承を危惧する声も聞かれる。とはいえ、グーグルしかり、フェースブックしかり。脈々と受け継がれてきたユダヤ人の起業家精神は、そう簡単に衰えを見せることはないだろう。最難関の学校をゴールに、一本しかないレールの上を競争させるような、しゃかりきなアジア式教育に陥りがちな我々にとり、このユダヤ的教育観から自らを客観視するきっかけが得られるのではないだろうか。


佐藤唯行(さとう・ただゆき)佐藤唯行(さとう・ただゆき)
獨協大学外国語学部教授。一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得。専門は米英の人種関係史、ユダヤ人史。著書に『アメリカはなぜイスラエルを偏愛するのか』(新潮文庫)『アメリカ経済のユダヤ・パワー」(ダイヤモンド社)『映画で学ぶエスニック・アメリカ」(NTT出版ライブラリーレゾナント)「日本人が知らない!ユダヤの秘密』(PHP)他多数

文|加藤紀子(編集部)

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