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「少子化の流れを民間が止める」世の中を変えるアフタースクール事業 キッズベースキャンプ

株式会社キッズベースキャンプ 代表取締役 島根太郎氏

株式会社キッズベースキャンプ 代表取締役 島根太郎氏

「小一の壁」は民間が崩す

「小一の壁」――学力の問題ではない。子供が保育園を卒園するまで働き続け、小学校入学時期にやむなく仕事を辞める女性が多い現象を指す。小学校放課後の学童保育の終了時間から親の帰宅時間までの子供の預け先がないことが大きな理由だ。保育園は最長22時まで預かる。しかし公立学童保育は遅くても18時まで。子供を巻き込む事件や事故が多い昨今、空白の時間に不安は大きい。
公立学童保育の数も足りない。保育園と違って設置基準などの規則もなく、大規模化した「詰め込み」の学童保育も多いなど質の面での問題も多い。定員がある施設での待機児童だけでも2007年の厚生労働省の調査で1万4千人。08年に保育園を卒園して小学校に入学した児童45万人のうち学童保育に入所したのは62%にとどまっている。働く女性が増え、犯罪も増加している。放課後の安全な居場所を確保する必要性は高まり、ますます学童保育の需要は増している。保育園不足は職場復帰の問題とも併せてよく報道され認知度も高い。ところが学童保育不足の深刻さは、社会的認知度と当事者の感じ方に大きな差がある。

放課後、近所の指定校の子供を定期バスで迎えに行く。遠方の学校に通うため自分で来る子供には希望により移動サポートもする

多くの親が心配を抱えていた

その現状を打開すべく、放課後の子供の居場所、アフタースクールを民間で運営している会社がある。05年、島根太郎氏が立ち上げたキッズベースキャンプ(KBC)だ。起業のきっかけについて島根氏は語る。「父親として日頃保育や教育の分野に興味を持っていました。 その頃、息子が学童保育に行きたがらなくなり、保護者の方々にお話しを伺う機会がありました。すると多くの親が学童保育について様々な心配を抱えているこ とがわかったのです」。
認可保育園は東京23区の場合、区にもよるが延長保育で19時、最長で22時まで預かる。学童保育は遅くても18時までである。子供が自分で帰宅し仕事から戻る親を待つことを含め、小学校入学と同時に突然自立への道が促される。しかし実際には年長と1年生の差はほとんどない。犯罪も増加した社会情勢も あって親の心配はかえって増えるのだ。

子供たちが楽しいから来たい場所

島根氏は仮説を立てて調査した。「まずは時間と移動です。学校、学童、家庭の間を子供は一人で移動しなければな りません。集団下校があっても最後には一人になる、その短い時間に事故が起きます」。その不安を解消し、親が安心して働くためにはどうしたらいいのか。預 かり時間を標準で19時、残業対応で22時までとすればほぼ対応できると島根氏は判断した。また学校、学童、家庭間の自社送迎で安全安心を担保したのである。
質の問題も重要だった。島根氏は子供たちが自主的に楽しめる場にする必要があると考えた。学童保育の歴史はシングルマザーが多かった戦後、焼け野原で近所の子供が小さい子供の面倒を見たことに始まる。児童福祉法で大まかな骨子が定められてわずか10年、基本は家庭の代わりとの趣旨だ。「KBCでは『親が留守のかわいそうな子供を家庭の代わりに預かる』とは捉えていません。子供たちが楽しいから来たい、そんな場所です。体験入会の2時間で子供たちが帰りたくないとぐずる、それくらい子供を惹きつけます」。

「自分軸」と「社会軸」の育成

保育目標は社会につながる人間力を育てていくことである。「自立、自発、自己決定力。これは自分軸です。また社会では一人では生きていけない。人と係わりあうのが社会軸。両方をきちんと育てたいですね」。現場のコーチが話し合って決めた育成方針だ。
しつけやマナー、職業教育など様々なテーマも子供がゲーム感覚で身に付けられるよう研究し実践している。「例えばキッズMBAというプログラムは自分と社会との距離を近づけていく試みです。仕事とはどういうものなのか、まずは一番身近な社会人である両親へインタビューしてみんなの前で発表します。聞く力やまとめて話す力も鍛えられますよ」。将来は自分の人生を切り拓き多様な業界で活躍する人になってほしいと島根氏は願う。

学年により到着時間に差があるが、各自宿題をすませ、終わり次第遊ぶ。常時3~4人のキッズコーチと呼ばれる指導者がおり、生活指導や遊び相手をし毎日のプログラムも組む

各地域で誘致運動が起こった

新規店舗の展開方法はユニークだ。「報道などで注目されるにつれHPに多くの声が寄せられるようになりました。中でも自分の地域に欲しいという要望が多く、出店リクエスト欄を作ったところ各地域で誘致運動が起きました。店舗を作ってから集めるのではなく、お客様が集まった地域から順に出店しています」。一般的な市場データはある。しかしビジネスに乗せるにはそれだけでは難しい。特に狭い商圏を対象とするこのビジネ スはピンポイントでのマーケット情報とフィジビリティスタディが必須だ。KBC成功の大きな理由はここにある。
学童保育事業に競合相手はいたのだろうか。「これまでの学童は公立、つまり行政です。しかし世田谷区は歓迎の意向でした。それまでも行政に対して学童についてのクレームや要望は上がってきていたのですが、すべて税金で処理すべき問題かというとそれは違う。選択肢を増やすのは民間がやるべきで、小さな政府の方がいい。住み分けができてクレームも少なくなるなら行政も歓迎というわけです」。KBCはプログラムなどをHPに公開していたこともあり、その後同じ ビジネスを手掛けるところが数多く出てきた。しかし2店舗目を出せるところはほとんどなかったという。送迎一つとっても細かい工夫とノウハウがあり、簡単に真似できるものではなかったのだ。

手のひら大のクレドカード。「[ミッション]子育てが楽しい、子どもを産み育てたいと思える社会の実現に貢献する」から始まり、育成目標、コーチ行動規範などが並ぶ

新しく、東急電鉄グループとして

08年12月。東急電鉄株式会社は株式会社キッズベースキャンプの全株式を取得した。「KBCは『エムアウト』 というインキュベーション会社での一事業でした。事業のアーリーステージに特化する方針でその後の成長までは投資をしません。一方、東急電鉄は選ばれる沿線であり続けるために努力しています。業務提携を模索する中で買収という結論に達しました」。東急電鉄にとって、育児支援の中でも新しい業態であるKBCは大きな価値があった。資本は変わったが、運営は引き続き他の役員とともに島根氏が行う。M&Aは一般的にネガティブなイメージを持つがこのケー スは違った。「保護者や外部に対しても東急ブランドの持つ安心感がありますね。合併して違う企業文化を融合していくことは大変だと覚悟していましたが、東急電鉄とKBCの理念はかなり共通していました」。
KBCの理念はクレドカードとして全従業員が常に携帯し浸透している。「創業時に理念を共有化するために作りました。『正しい保育』というものはないけれどKBCとしてお客様にお約束することを目に見える形にしたのです」。

地域が変われば日本が変わっていく

KBCは現在9店舗。まだまだ出店の余地はある。「出店要請を下さる多くのお客様に待っていただいている状態です」。2013年度末に30店舗を計画している。「これは東急電鉄さんとも合意していることですが、それぞれの店の質をもっと高めていきます。安全、楽しさ、すべてのクオリティにこだわります」。
今後は総合的な子育て支援事業会社として少子化社会の流れを止めていきたいという。「『ここなら子供を産み育てたい』と思ってもらえれば、ある地域の少子化は止まります。ある地域が変われば日本が変わっていくはずですから」。人材の育成にも目を向ける。「キッズコーチという職業を確立させたいですね。今まで学童の職員は公務員の高齢者かアルバイトだけ。民間がこのビジネスを始めることで人材を掘り起こし育成できたのです」。業界でその資格を明確化する動きがありKBCと専門学校が共同で具体案を検討中だという。「保育業界の人材は質量とも足りない。人材を育てて業界に供給することで広く社会に貢献できると いいですね」。
世田谷区の一角で始まった小さな事業は世の中を大きく変える流れになるかもしれない。子育て世代としても、社会の一員としても注目していきたい。


株式会社キッズベースキャンプ
東京都世田谷区桜新町2-10-12 ガレリアM202
電話03-5426-3123(代表)
www.kidsbasecamp.com

撮影:t.SAKUMA 文:羽田祥子(編集部)

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