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【Point of View】オーケストラの魅力 ~エル・システマの魔術

女性経営者のグローバル視点

【Point of View】オーケストラの魅力 ~エル・システマの魔術

以前66号で取り上げたピアノに続いての音楽の話題です。
オーケストラの魅力、について一度書いてみたいと思っておりました。特にベネズエラという、日本からは遠い遠い南米の国で40年前に始まった一つのプロジェクトについて、書いてみたかったのです。

プロジェクト「エル・システマ」

そのプロジェクト、エル・システマ(El Sistema)は、ベネズエラで始まった公的支援による音楽教育プログラムです。1975年に経済学者で音楽家でもあるホセ・アントニオ・アブレウ博士が「音楽の社会運動」として始めた小さな活動に、当時の大統領ウゴ・チャベスが国家予算をつぎ込み、ベネズエラ全土にこのプログラムが広がりました。現在では全国約290か所の教室に約40万人の子どもたちが通い、オーケストラの数は30以上に上る、といいますから、同国の人口が30百万人弱であることを考えると、1学年の子ども全員が通ってまだ余りあるような人数です。いかに「公的」なものかがお分かりいただけるかと思います。バイオリンなどの弦楽器から、フルートやトランペットなどの管楽器まで、オーケストラで使うすべての楽器が貸与され、家でも練習できる仕組みとなっています。

犯罪国家から文化国家へ、そして世界へ

当初のプロジェクトの目的は、増え続けるストリート・チルドレンが麻薬や武器に手を染めることを何とか食い止めようとした博士の発案に始まり、貧民街に住む子どもたちにも、犯罪歴のある子どもたちにも、楽器に触れる機会が提供されました。今でも教室に通う8割の子どもが貧困層の出身といわれます。子どもたちは、「拍手された時、自分の人生の中で初めて人に意味のあることをやったのだと思った」「楽器が辛い過去を忘れさせてくれ、人生が変わり、生きる原動力になっている」と口々に感想を述べているそうです。
チャベス前大統領が支えた音楽活動は、低所得者向けの教育・医療・住宅などの社会開発プロジェクトの一環として、国営石油会社PDVSA(ペドベサ)からの収益を中心とする60百万米ドル規模の国家基金が後ろ盾となりました。結果的には、マクロでの犯罪率の低下には残念ながら至らず、また選挙不正や相次ぐポピュリズム的政策による財政ひっ迫からインフレが頻発するなど、同大統領の政治的手腕についての評価は厳しいものがあります。しかしながら、このプロジェクトの理念は世界中に広がり、いまや50か国でプログラムが展開されています。

ノリノリのコンサート

このプロジェクトのすごいところは、その人口カバレッジや貧困対策だけにとどまりません。音楽的観点からしても、新しいというべきか、むしろそもそもの音楽の根源に迫るものというべきか、真面目なクラシックという常識を覆すような演奏が繰り広げられるのです。お腹の底から音楽を楽しんでるんだ!という、喜びがあふれ出るような演奏です。ぜひ読者の皆さまもYoutubeで「シモンボリバル・ユース・オーケストラ」を検索してご覧いただき、この感動を共有したいです。他の奏者の演奏には肩を揺らし、立ち上がりお尻を振り、という演奏は見ているこちらまで笑顔になります。

集団音楽活動の利点

さて、少し一般論に戻り、オーケストラ・吹奏楽・合唱を含む集団で音楽を奏でることの効用について考えてみたいと思います。
音楽は、自己をコントロールして辛抱強く日々練習することが必要である点、そしてその自己修養こそがより高みに自分を登らせるという点では、スポーツにも似たところがあると思います。またチームワークが土台となり、力の結集がより大きな成果を産むという点も似ています。ただ、外部と競争し勝つことが究極的な目的であることが多い集団スポーツと、集団で行う音楽活動との大きな違いは、音楽では、必ず他の奏者の音も聴き、それに自分が合わせ、共にハーモニーを紡いでいく、その重層的な音の組み合わせ・シンクロに敵味方がない点ではないでしょうか。そこにはスポーツとはまた違った他人との関わり合いや協調性の良さが育まれるものであると私は信じています。全員の心が一つになり、ピタっと音が合って音楽が完成した時には、どこからともなく心が震えるような感動がもたらされるものです。
また、これらの音楽活動について言えるのは、スポーツに比べてプレーヤーの収容人数が多いこともあります。限られたポジションを巡っての競争はありますが、基本的にはたくさんの人数を集め、練習し、本番壇上に平等に登ることができ、その誰もがヒーロー・ヒロインであり、そして、家族や友人を含めて聴衆も楽しむことができるという意味では非常に懐の深いものなのではないかと思います。ベネズエラが貧困対策としてオーケストラの振興を促し、世界にそれが広まった背景にはこれらの利点が評価されたものと思われます。


aska・9097-1-3竹内 明日香(たけうち・あすか)

日本興業銀行(現みずほFG)にて国際営業や審査等に従事後、2007年独立、海外向けに日系企業の情報提供を開始。2009年にアルバ・パートナーズを設立し、国内企業の海外事業支援と情報発信支援(プレゼンサポート等)を提供。2014年12月に次世代の世界での発言力向上を目指す一般社団法人「アルバ・エデュ」を設立。音羽の森オーケストラ「ポコアポコ」(アマチュアオーケストラ)主宰。東京大学法学部卒業。日本証券アナリスト協会検定会員。

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