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【ある女性経営者のグローバル視点】もしもピアノが弾けたなら?

ある女性経営者のグローバル視点

【ある女性経営者のグローバル視点】もしもピアノが弾けたなら?

もしもピアノが弾けたなら
思いのすべてを歌にして
きみに伝えることだろう
雨が降る日は雨のよに
晴れた朝には晴れやかに
だけどぼくにはピアノがない
きみに聴かせる腕もない

これは1981年に西田敏行さんが『池中玄太80キロ』というドラマの挿入歌として歌って大ヒットした『もしもピアノが弾けたなら』の1フレーズです。バブル以前のこの頃、ピアノはまだ人々の憧れの存在でした。今回はこのピアノを中心とした音楽市場に迫ってみたいと思います。

国内のピアノ市場

ピアノは通常、学校の音楽室などに置いてある黒い外観の木製のピアノを「アコースティックピアノ」と呼び、電子ピアノとは区別されます。さらにピアノの仲間には、エレクトーン、キーボード、鍵盤ハーモニカなどの電子的な鍵盤楽器があります。
もしもピアノが弾けたなら? 実はこのアコースティックピアノ、悲しいことに国内生産台数は、この曲が歌われた前年(1980年)の39万台をピークに減少を続け、長らく維持していた10万台のレベルもリーマン・ショック以降はさらに大きく割り込んでしまいました。国内販売台数も同様に減少傾向は続いており、2010年には1万6000台と、統計開始時(1979年)の約31万台に比べて約20分の1にまで落ち込んでいます。生産と販売の差は隣国中国などへの輸出分ですが、日本の「ものつくり」マーケットの盛衰が昨今取り沙汰される中で、ここまで甚だしい盛衰を経験している業界はそれほどないようにも思います。

海外でも

海外に目を移すと、最高級ピアノとしてプロの演奏会では最も多く使われるSteinway & Sons(スタインウェイ・アンド・サンズ)を傘下に持つ総合楽器製造会社、米スタインウェイ・ミュージカル・インスツルメンツ(SMI)も、2013年8月に投資家ジョン・ポールソン氏率いる米投資ファンド、ポールソン・アンド・カンパニーに身売りされました。実はその1か月前に、別の米投資ファンド、コールバーグ・アンド・カンパニーが同社の買収計画を発表した直後だっただけに、買収劇の顛末にも注目が集まりましたが、結局、買収金額の釣り上げの末に、前者が買収に成功したのです。しかし、実はスタインウェイの身売りは、今回が初めてではありません。1972年以降、何度かにわたってスポンサーを変更しており、これは裏返せば、アコースティックピアノの生産が海外でも厳しい状況にあることを示しているといえます。

ピアノ市場縮小の要因

もしもピアノが弾けたらな? では、アコースティックピアノ市場はなぜ縮小しているのでしょうか? 国内市場の要因を探ると、中古品の普及、電子ピアノの増加、そして長引く不況で、一台買うのに最低でも数十万円する楽器には容易に手が出せないという、家庭の懐事情ももちろんあることと思います。さらにもう一つ、ピアノ(除く電子ピアノ)の県別普及率から、日本の住宅事情にも大きく関係しているように思います。実際に弾かれているのか、或いはステータスシンボルとしてリビングで「インテリア」化しているのかは別として、実に3軒に1軒はピアノが置かれているという県が10県にも及んでいますが、いずれも都心部ではありません。集合住宅が主体の都心部では、近隣への配慮やスペースの問題から電子ピアノに代替されているのでしょう。加えて、これまでピアノ文化を支えてきた地方における高齢化、過疎化もまた、切り離せない問題のように思います。楽器の国内生産ではシェアトップの浜松市を有する静岡県がこの中にランクインしていないのも不思議です。

音楽に費やす時間の減少

では、アコースティックピアノは電子ピアノにシフトされたのでしょうか? 1997年から2006年の10年間で、電子ピアノの生産台数は確かに約2万台増えました。しかし、同時期、アコースティックピアノは約5万台減少しています。電子ピアノを含めた国内のピアノ市場は、全体でも大幅に減少しており、そのペースは少子化の勢いを上回るものであることがわかります。
その要因を紐解く手がかりがいくつかあります。総務省が5年に1度実施する社会生活基本調査によると、「楽器を年に1回以上演奏する人の割合」が2001年の11.3%から2011年には9.6%と10年で1.7ポイントほど落ち込んでいます。またヤマハ音楽研究所の調査(2011年から2013年の変化を綴った調査レポート〈n=約1000人〉)によると、子どもが音楽とかかわる時間が2年間で減少し、「ほとんどしない」が大幅増、「家に楽器なし」が5ポイント超増の26.4%と、各種統計にも表れています。さらに気がかりなのは、子どもの音楽活動において、「一人で聴いている」といった数値が増加している点で、家庭において家族が一緒に音楽を愉しみながら時を過ごす機会が減少傾向にあるのではないかと危惧しています。

ピアノ普及の歴史的背景

楽器を手にしなくなった原因はまた後ほど考察するとして、マクロの市場ばかりを見ていると何やら悲しくなってきますので、個別企業の話に目を移してみたいと思います。スタインウェイが身売りせざるを得なかった一方で、国内メーカーも業績が気になるところですが、それほどまでには毀損されていません。
もしもピアノが引けたなら? そもそもどうしてこのようにピアノ市場が拡大したのかという歴史を調べると、ヤマハや追って河合楽器が、戦後、楽器の普及を企図して幼稚園や保育園にピアノを割賦販売し、幼稚園側が教室を提供して得た月謝から代金を回収するというスキームを確立したことに端を発しています。さらに1954年にはヤマハが、1956年には河合楽器が音楽教室をフランチャイズ展開し、この頃から一気にピアノが日本各地に広まったことがわかります。ヤマハは1965年から教室の海外展開も進め、今日ではこの教室事業が楽器販売に代わって収益の柱に育っています。現在は国内3700会場に約43万人、世界40か国で約60万人がヤマハの音楽教室で学んでいるとのこと。バイオリニストの鈴木慎一氏が始めた弦楽器の「スズキ・メソード」も海外では30万人が受講していますし、「世界のKUMON」となっている公文式学習教室に至っては46か国282万人と言いますから、日本はこと教育に関しては秀逸な輸出産業がいろいろあることがわかります。
また、小学校低学年の子どもたちが音楽の授業で鍵盤ハーモニカを一人1台手にしている学校も多いかと思います。このように鍵盤に関しては、私たち日本人は、とても恵まれた環境にある国民だと言えます。

アコースティック楽器が下火になった理由

スマートフォンや携帯端末で音楽のダウンロードが可能になり、音楽はますます身近な存在になる一方で、自ら奏でるという時間がどんどん削られていっているのは事実のようです。そして現在ではアイドルの曲から映画音楽に至るまで電子楽器による曲作りが主となり、また聴く側もレコード店のフロアー数で顕著なように、クラシック音楽、アコースティック楽器による音楽は下火になっています。レコードがCDに代替され、電子化の時代が来たのと平仄を合わせるように、この動きは不可逆なのでしょうか。
楽器が下火になった理由は前述の長引く不況や、少子高齢化のみならず、スマートフォンの普及も要因の一つではないかと思います。博報堂が実施する「全国スマートフォンユーザー1000人定期調査」によると、初回調査の2011年での保有率は5.3%であったのが直近2013年11月では58.1%にまで急増、特に15-19歳では89%、20-29歳では85%がスマートフォンを保有しています。このような中でゆっくりと楽器に接するという時間が奪われるのは必然のような気がします。

結論

文部科学省も学習指導要領改訂の度に芸術科目を減らしています。受験科目に音楽などの芸術科目があるのも音大と一部の国立のみでしょう。そして民主党の時代、事業仕分けによってオーケストラへの助成金など音楽関連予算が削られました。さらに現在、官民を挙げて「クールジャパン」推進がブームとなっていますが、その中では、アニメやアイドルなど「秋葉系」の海外展開に熱が注がれているかと思います。果たして日本が「クールジャパン」として誇る分野はそれだけなのでしょうか。
西洋の古典音楽を継承しつつ、その教育法などで独自の方法を編み出し、輸出産業化に成功した側面は忘れ去られていないでしょうか。日本で音楽教室が下火になる一方で、多くのアジアの国々、なかんずくインドやインドネシアでは、クラシック音楽の教育的効果の見直しが図られ、音楽教室が盛況と聞きます。そして中国ではピアノ人口だけでも900万人超という話も聞きます。日本はこのまま独自の「クールジャパン」に傾き、歴史ある音楽やアジア各国との動きから距離を置いてしまうのでしょうか。なんだか切ないです。
私はまじめに練習しなかったのでピアノは苦手ですが、西田敏行さんじゃないけれど、もしももうちょっとピアノが弾けたならもっと良かったのに、と思うことはこれまで多々ありましたよ。もっと子どもたちがアコースティック楽器に触れられる機会が増えたらと思うので、これからも各種活動を続けていきたいと思います。今回は楽器の中でもピアノに焦点を当てましたが、その他の楽器や南米での取り組みなどについてもいつか述べてみたいと思います。


竹内 明日香(たけうち・あすか)
日本興業銀行(現みずほFG)にて国際営業や審査等に従事後、2007年独立、海外向けに日系企業の情報提供を開始。2009年にアルバ・パートナーズを設立し、国内企業の海外事業支援と情報発信支援(プレゼンサポート等)を提供。2014年12月に次世代の世界での発言力向上を目指す一般社団法人「アルバ・エデュ」を設立。音羽の森オーケストラ「ポコアポコ」(アマチュアオーケストラ)主宰。東京大学法学部卒業。日本証券アナリスト協会検定会員。

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