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経営学エッセンシャル イノベーションは選ばれし者だけのモノか?

経営学エッセンシャル イノベーションは選ばれし者だけのモノか?

年があらたまって、「今年こそイノベーションを!」と意気込んだ人もいるでしょう。あるいは謙虚に、「うちの会社でもそろそろだれかイノベーションを起こしてくれないかな」と淡い期待を抱いている方もいるかもしれません。イノベーションを起こす人、あるいはその成立に貢献する人には、なにか特別な資質が必要なのでしょうか?いいえ、決してそんなことはなく、イノベーションは一般大衆のものであると筆者は考えています。イノベーションを神格化し、特別視することで、多くの人に芽生えるかもしれない芽を摘み取ってしまうことが心配です。年の初めに、自分がイノベーションに貢献する姿を妄想してみるのもいいでしょう。それには、イノベーションにまつわる数々の「迷信」の正体を暴いておく必要がありそうです。

「技術革新(または発明)すなわちイノベーション」ではない

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はじめに、イノベーションを定義しましょう。筆者が常々用いているのは右のようなものです。

エジソンの電球の発明では、フィラメントという光る部分、当時ここに用いる適当な素材がなくて苦労しました。世界中に派遣した弟子のひとりが京都(八幡市)の竹が適しているということを発見し、実用電球の発明が成立しました。問題はここからです。当時の実験室では電気が使えましたが、一般家庭に電気は供給されていなかったのです。つまり発明はしたものの、その恩恵を一般の人々が享受できる仕組みはなかったのです。エジソンが本当に偉かったのは、送電システム(現在の言葉で言う事業システムに相当)を敷くことまでが自分の仕事だと考えていて、それを実現しようとしたことかもしれません。
もうひとつの例は、山中教授のノーベル賞受賞後の言葉です。「メダルは大切に保管しておき、もう見ることはない」(中略)「まだ一人の患者さんも救っていない」2。この言葉を筆者なりに解釈すると、前半部分は「確かに私は発明をしたがそれは過去のものであり」、後半部分は、「これからはそれをイノベーションへと発展(社会的貢献)させるために尽力する」とおっしゃったのではないでしょうか。

「イノベーションは技術屋のもの」ではない

経済学者のシュンペーターは、イノベーションの元になる概念を示しています3。「非効率な古いものは効率的な新しいものによって駆逐されていくことで経済発展する」という考え方を提唱し、その新陳代謝のプロセスを「創造的破壊」と呼びました。また、それを促進するのは「新結合」であるとし、その5つの種類を示しています。

①まだ消費者に知られていない新しい商品や商品の新しい品質の開発
②未知の生産方法の開発
③従来参加していなかった市場の開拓
④原料ないし半製品の新しい供給源の獲得
⑤新しい組織の実現

このうち、①、②、④は技術に関連します。しかし③の「市場の開拓」はマーケティングであり、⑤も技術以外の問題を指摘しています。なるほど、新市場や新組織がイノベーションを引き起こした例というのは、言われてみればたくさんあります。高度成長期の日本の商社は③を地で行っていました。役所や企業が組織再編したことで、物事に柔軟に対応できるようになったり新しい発想を生む原動力になったりという例(⑤)も、身近に思い当たるでしょう。
ではイノベーションは誰のものでしょう?図の補足ⅰの技術革新(または発明)、これは理系の専門分野です。しかし補足ⅱの経済的価値をもたらす仕組みの構築は、むしろ文系の得意とするところです。補足ⅲも、販促や組織改革ならこれまた事務、営業、経営幹部も存分に実力を発揮できます。エジソンは送電システムの構築も自力でやろうとしましたが、そういった仕事が得意な人と組んでやった方が効率的だったでしょう。iPS細胞の実用化研究はさすがに科学者にしかできないでしょうが、どのような応用が望まれているか、成果をどのように社会に行き渡らせるかといった課題ならば、文系にも十分出番があります。まとめると、イノベーションは理系からスタートするものが多いが、それを育てて行く段階では理系も文系も貢献できるし、さらには文系だけで成し遂げられる種類のイノベーションもこの世にはたくさんある、と言えます。

「イノベーションは社会への影響が大きいもの」だけではない

読者の中には、規模や価値が大きなものこそがイノベーションであって、その程度が小さなものであればイノベーションと呼ぶには抵抗があるとお考えの方もいらっしゃるかもしれません。それもわかりますが、既述のように、ハードルを上げたことによってイノベーションに関わる機会を自ら遮断することは避けたいのです。前節で理系と文系の垣根を取り除き、ここでは程度のハードルを下げましょう。そうして「誰でも生涯のうちイノベーションに関わるチャンスはある、自らそれに向き合おうとする限り」と宣言したいと思います。フィクションですが、みなみちゃんは高校野球のチームを舞台にイノベーションを実現しましたよ4

「イノベーションはアイデアにあふれた人の仕事」ではない

ただひとつだけ条件をつけましょう。マーケティングの泰斗セオドア・レビット元ハーバード・ビジネススクール名誉教授はイノベーションに関連することで刺激的なことを言っています。曰く、「アイデアマンの大罪」、あるいは「『創造性』礼賛こそ有害」5。彼が言いたいのは、「概してアイデアマンは無責任であり、空理空論を振りかざす。実現するためには現実を直視しなければならない。アイデアを投げかける際、責任ある姿勢を見せる必要がある。そもそも実行力なくしてアイデアは具体化しない」。要するに「創造力豊かな人材はイノベーションや成長の原動力とは限らない」。これまた言われてみれば、周囲にそんな人たちは結構いるのではありませんか。ここでも筆者流の解釈を示しておきましょう。イノベーションにアイデアは必要ではあるが、それがすべてではない。むしろ、それを根気強く実現させて行く行動力こそが、イノベーションの完遂に欠かせない。

「日本企業には発想がなかった」わけではない

これで筆者が考えるイノベーターの条件は出そろいました。理系・文系関係無し、社会へのインパクトは小さくともOK、アイデアよりも実行力こそが大事。ところが世の中にはまったく逆の解釈や迷信がはびこっているようです。先日のとある全国紙に載った、大企業の研究所長のインタビューから抜粋します。「日本企業にもiPodをつくる技術は十分にあったのにできなかった。なぜか。音楽プレーヤーと音楽のダウンロードという一見関係なさそうな2つの既存技術を結びつける発想力がなかったからだ」。筆者に言わせると事実は違います。その2つを結びつけることについては、アップルよりも先に日本が、しかも複数の企業が着手しています。ただ日本の企業には、その事業を利益が出る状況や一大ムーブメントにまで育て上げることができなかったのです。理由はいくつかあります。グループ内にコンテンツ事業(音楽)を持っていたことが足かせとなったり、ハードメーカーとしての認知度が高く、新しい形態の音楽配信事業者に脱皮しきれなかったり、ユーザーに浸透させることができなかったり、そもそも既存事業がまだ金を生んでいたこと、よって音楽配信事業に対してそれに置き換わるだけの信頼や期待を社内でも醸成しきれなかったことなどなど。要は、アイデアはあったが成功させるまでの信念や行動力を持てなかったのだと考えています。アップルは音楽配信事業に社運を賭すだけの「身軽さ」と、それを活用しきる「指導力」と、少人数ゆえの「団結力」を持つことができました。しかし日本の企業にとっては、その時点において音楽配信事業が本気で必要であったかどうか、疑わしいと考えています。理屈はともあれ、日本企業が負けたのは事実です。ただ、それが「発想力のなさ」に起因すると考えてしまうと、「発想しろ」「アイデアを出せ」となって、それこそ才能のある選ばれし者にしかできないことになりそうです。アイデアでは負けていなかった、ただ成功するまで実行しきれなかった、環境が許さなかったと考えれば、同じ轍は踏むまい、と誰もが教訓にできる気がするのです。

「破壊的イノベーションは創造的破壊」ではない

上述の全国紙のインタビュー記事には、イノベーションの語句の解説がついています。「全く新しい製品やサービスを生み出すことで、技術革新と訳されることが多い。(中略)インターネットの登場など、これまでの産業の在り方を覆すものは『破壊的イノベーション』と呼ばれる」。突っ込みどころ満載の「怪説」です。まず「技術革新」では狭すぎることをすでに本稿で指摘しています。つぎに「破壊的イノベーション」は、上の解説だとシュンペーターの唱えた「創造的破壊」と混同しているように聞こえます。提唱者クレイトン・クリステンセンの主張6を丁寧に解釈すれば「破壊的イノベーション」とは、「既存の市場基準ではむしろ劣った技術でありながら、従来製品とは別の価値を提供して市場を刷新していくこと」のようになるはずです。例はたくさんありますが、たとえば1960年代アメリカ、大きくて早くて頑丈なことが価値基準であったオートバイ市場に、小さくて遅いけれど乗り回す楽しさを図らずも持ち込んだホンダの50ccバイクもその一つとされています。産業の在り方を覆すような「創造的破壊」にはおそらく大発明や大プロジェクトが不可欠でしょう。一般人にはなかなか手が出せません。しかし「破壊的イノベーション」は、とっかかりは平凡なものでもよく、市場ニーズの変遷に如何に早く上手に対応するかが勝負なのです。

「破壊的イノベーションに対応できない既存企業は愚か者」ではない

既存企業は、破壊的イノベーションの怪しげな技術やサービスの可能性に気づいていたとしても、はじめの段階では既存の儲かっている事業を危うくしてまでそれにまともに取り組む合理的な理由を見出せません。これがイノベーションのジレンマたるゆえんです。既存顧客も、そんな劣ったものはいらないというし、株主も、安物など相手にせず既存市場の満足度を高めていけといいます。経営者が合理的であろうとすればするほど、破壊的イノベーションを相手にするのは得策に見えません。このジレンマこそがクレイトン・クリステンセンが発見し、指摘した経営学の金字塔です。先ほどのiPodの事例も、この要素を含んでいたといえそうです。では既存の大企業はどう対処すればいいのか。これには決定版となる答えがあるのかどうかはわかりませんが、小さな組織を大企業本体から切り出して新たな価値観で新しい脅威に対抗させることは、ひとつの方策ではあるでしょう。
以上、イノベーションにまつわる迷信の数々を否定してきました。しかし筆者のメッセージは繰り返し述べてきたようにイノベーションへのハードルを下げることにあります。この稿を読んで、今年は自分でもイノベーションに挑戦してみようかな、と思ってもらえたら、この上ない光栄です。


essencial_portlate前川 佳一(まえがわ・よしかず)

京都大学経営管理大学院特定准教授。1982年京都大学工学部冶金学科卒業。1995年企業派遣によりボストン大学経営大学院修了(MBA)。2007年神戸大学大学院経営学研究科修了:博士(経営学)。2008年3月まで、総合家電メーカにてデジタル機器の技術・企画に従事。2008年4月より現職。大阪市生まれ。

参考文献
1. 一橋大学イノベーション研究センター[編]『イノベーション・マネジメント入門』、日本経済新聞出版社、2001.
2. 文部科学省ホームページより、2013年12月12日データ取得http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa201301/detail/1338110.htm
3. シュムペーター『経済発展の理論』塩野谷祐一ほか訳、岩波書店、1977.
4. 岩崎夏海『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』ダイヤモンド社、2009.
5.セオドア・レビット『T.レビットマーケティング論』有賀裕子(翻訳)、ダイヤモンド社、2007.
6. クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ』玉田俊平太(監修)、伊豆原 弓(翻訳)、翔泳社、2001.

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