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経営学エッセンシャル 給与やWi-Fiが「衛生要因」!?

経営学エッセンシャル 給与やWi-Fiが「衛生要因」!?

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 経営学の理論とビジネスの現場には、多かれ少なかれギャップがある。そのひとつの形態は、わが師、加護野忠男(元・神戸大学大学院経営学研究科、現・甲南大学)が指摘する「これまでの経営学者は『日常の理論』に対して冷淡であった」こと(加護野、1988)。ここでの「これまでの経営学者」の言い分はおそらく、「日常の理論、すなわち経営実践者の考えは、限られた経験をもとにしており、普遍的に成り立つとは限らない」というものだろう。もうひとつのギャップは、経営学者から発信される最新の理論は、たとえ一時期もてはやされたとしてもすぐに顧みられなくなり、また、検証を重ねられることなど皆無であることだ。あるいは、理論を導く方法論の瑕疵が指摘され、実用への可能性がありながら葬り去られたものも少なくない。
 経営管理大学院、いわゆるMBAプログラムの教員として、筆者は上記のギャップに、できるだけ橋渡しをしたいと考えている。まして筆者は26年間の会社生活ののち大学教員に転じ、今年で6年目になる。両方の経験とも中途半端という辛口の見方もあろうが、双方の立場から物事を見ることができる可能性もあると考えている。すなわち、一方では現場発の日常の理論を大切にしつつ、他方、過去の経営学の理論にもう一度光を当てて現代的活用ができないかを探りたい。本稿は後者のひとつの例である。
 
 ハーズバーグの2要因理論とは人間の仕事におけるモチベーションに関するものである。非常に特徴的なのは、満足に関わる要因(動機付け要因)と不満足に関わる要因(衛生要因、この命名の由来は後述する)とがまったく別のものであるとしていることだ(図参照、オリジナルは1960年頃の諸作)。普通に考えれば、ある満足に関わる要因があっても、もしもそれが不十分ならばその要因は不満足の温床ともなり、逆に、不満足に関する要因であっても、解消されればそれは満足の源泉ともなると推測される。すなわち、どのような要因も一次元の線上で、場合によりプラスにもマイナスにも作用しうると思い込みがちである。しかしハーズバーグの発見では、プラスに振れる要因はマイナスには振れない(逆もまた真)という。
 例を挙げて説明しよう。図でもっとも満足度が高いと示されているのは「達成」である。ハーズバーグの大量インタビューの結果、40%を超える人が何かを達成した時に職務満足を感じたという。ではその達成要因のネガティブ側はどうか。何かが達成できないからといって、そのことが不満であると考える人は10%に満たない。つまり、達成はプラスに感じられることは多いものの、マイナスに捉えられることはそれほど多くない。次に不満足要因に着目すると、「会社の方針と管理」を不満に思う人は多い。ところが、それらがしっかりしているからといって動機付けされる人は数%と、ほとんどいない。その次に多い「監督」も似たようなものだろう。意外なのは、「労働条件」や「給与」だ。これらは自分の望みどおりにならなければ不満足に感じる。ここまではよくわかる。しかし、それらが満たされたからといって、直接動機付け要因に結びつくとは言えないことが、上の図からわかる。給与を上げてもらったところで、それで喜びを感じるというよりは、むしろ不満が解消されるに過ぎない。本当の満足感は、何かを達成した時や上司や同僚から承認されたときや責任を持たされたときにこそ感じる、と解釈できる。会社や上司からしてみれば、上図の下半分、衛生要因に働きかけたところで、従業員が会社を辞める可能性は低くなるが、モチベーションを高く持って積極的に仕事に取り組んでもらえるかどうかは怪しいということになる。衛生要因と呼ばれるのは、「それらに対処すれば病気になる可能性は低くなるが、だからといって健康が増進されるわけではない」、ということに由来する。この点で、衛生要因はいわゆる一般的な阻害要因と似ているように見えるが、ひとつ重要な点で異なるのではないかと考えている。阻害要因は誰が見てもマイナスでしかなく、それを取り除くことそのものを目標にする。しかしハーズバーグが指摘する衛生要因は、取り除くだけの対象ではなく、プラスに転じることが可能な要素ではないかと錯覚させる点が曲者だ。先ほどの給与の例のように。
 
 この2要因理論について学術的には、動機付け要因の単純さ、インタビューの偏り(理論が当てはまらない別の実証結果)などの批判があった。しかしモチベーションに関する実践的応用の可能性については、いまだ光を失ってはいないと筆者は信じている。再度整理すると、動機付け要因(達成、承認、責任など)を感じる仕事を与えることができればモチベーションに直接つながるが、そうした仕事でないからといって、それを不満に感じることはあまりない。逆に、衛生要因(会社の方針と管理、監督、給与など)にいくら力を入れて改善したところで、不満は減るかもしれないが、積極的にやる気を感じてもらえるかどうかは疑わしい。こうした考え方で働く人の行動を上手に管理・監督できるとすれば、素晴らしい。
 筆者が考えるこの理論の2番目においしいところは、ハーズバーグが意図した組織行動が対象でなくとも、たとえばサービス業の顧客満足などにも応用可能ではないかという点だ。単純にいうと、ファストフード店がいくら清潔でも、そのことだけでお客の増加は見込めない。「あの店のトイレは不潔だから行きたくない」ということはあるにしても、「あのハンバーガーショップはとても清潔だからまた行きたい」という発想は、普通はしないだろう。要するに、顧客の不満を緩和するだけの要因と、顧客満足を積極的に高める要因とを区別しなければ、いくら努力をしても客が増えないのはなぜ、という悩みを抱えることとなりかねない。逆に、スマイルなどまったく期待していなかったレジ係からにっこり微笑みかけられたら、それだけで「また来よう」と思ってもらえることもあるはずだ。経営側から見れば確かにスマイルにかけるコストは限りなく小さく、したがって少しでも顧客満足が得られるなら、そのコストパフォーマンスはとても高い。
 2要因理論応用の3番目の提案は、観光分野である。観光地への観光客の誘引を「不満足に関わる要因=衛生要素」と「満足に関わる要因=動機付け要因」の2要因理論の枠組みで分析し、対応策を考えることができそうだ。日本を訪れる外国人観光客数は、東日本大震災以降の落ち込みから急速に回復し、今年度初めて1,000万人の大台を突破する見込みである。さらに政府が掲げる将来目標の3,000万人に近づけていくために、自治体や民間から様々な施策が提案され実行されている。たとえばインバウンド(外国人観光客誘客)施策として、種々の環境の整備が挙げられている。不満の指摘への対応として、インターネット環境の整備や外国語による表示板の増設などの例がある。これらは自治体や公的機関の観光関連施策によくみられる。ここまでくれば、本稿の論旨をご理解いただいている読者の方々にはもうお分かりだろう。こうした不満足要因の解消だけで、多大な観光誘引効果を期待するのは無理がある、というのが筆者の主張だ。それよりも、日本(あるいは各地の観光地)を「初めて」訪れてみたいと思わせる誘因、あるいはそれのPRこそが、訪日観光客の大幅増につながるのではないか。環境の整備により観光地を訪れるのは主としてリピーターであり、新規観光客の獲得に貢献する可能性があるのは、たとえば「○○という面白そうなイベントを体験しに行こう」という魅力的な観光コンテンツの存在である。こちらは民間の観光関連産業が担うことが多い。
 ではなぜ自治体や公的機関は衛生要因の改善にばかり注力するのか。それはおそらく、税金の使い途として効果がはっきりしていて、納税者に説明がしやすいからだろう。Wi-Fiの敷設や外国語の案内板は、効果のほどはともかく、誰にも見えやすい。他方、自治体が観光コンテンツの創出に費用を投入したとすると、効果が測定しにくい、失敗に終わるおそれがある、不公平の非難を受けかねない、などのリスクを伴う。したがって自治体の衛生要因への偏向は仕方がないことなのかもしれない。
 
 ここで、ある象徴的な例を通じてこの問題を考えよう。それはたとえば、特定の民族または宗教向けの食事対応である。その民族を日本へ招こうとすれば、独特の食事を提供することは不可避である。あるホテルがそれに対応すべく、その文化に詳しいコンサルタントを雇って食習慣を学んだとする。ホテルのレストランはその食事を提供できる準備万端となった。ここまでは衛生要因の排除に相当する。ホテルの対応がこの段階で止まってしまうことがままあるという。しかし問題はここからで、食事を提供できるようになったことと、実際にその民族が大挙してそのホテルに訪れることとはまったく別の問題であることは明らかだ。そのためには動機付け要因(観光コンテンツ)もまた必要なのである。
 また別の一例を挙げる。京都という観光地全体としては、衛生要因対応(環境整備)を行うことで、リピーターの増加が望める。つまり、京都観光した時に何かが不満で、もう来ないと思ったかもしれない人の数を減らせる。ところで、たとえば京都の中のとある寺社や観光施設に着目すると、動機付け要因を創造し、それをうまくPRすることで、新しい観光客を誘客できる可能性がある。費用対効果だけを考えるなら、リピーターの増加を目指すべきか、新規顧客にねらいを定めるか、という問題でもある。実際には、前述の食事対応のように、衛生要因に配慮しつつ動機付け要因にトライするという両輪が必要な場合も多いだろう。
 
 本稿では、ハーズバーグがもともと組織行動を観察して着想した理論について、まずそのユニークな着眼点について解説した。次にその考え方を働く人の問題だけに限るのではなく、顧客の満足・不満足要因を分けて考えるという、サービス業への応用例を示した。また、さらに観光客にとっての衛生要因と動機付け要因とを別々に考察することで、偏った観光施策にならない道筋を提案した。はじめに述べたように経営学説としての2要因理論は、「突っ込みどころ」の多いものであったかもしれないが、だからといって忘れ去るには惜しい気がしてならない。使う側の工夫次第で、まだまだ応用範囲を広げられる可能性を感じていただければ幸いである。


essencial_portlate前川 佳一(まえがわ・よしかず)

京都大学経営管理大学院特定准教授。1982年京都大学工学部冶金学科卒業。1995年企業派遣によりボストン大学経営大学院修了(MBA)。2007年神戸大学大学院経営学研究科修了:博士(経営学)。2008年3月まで、総合家電メーカにてデジタル機器の技術・企画に従事。2008年4月より現職。大阪市生まれ。

参考文献
Herzberg, F. (1966) Work and the Nature of man, World Publishing.( 北野利信訳『 仕事と人間性―動機づけ-衛生理論の新展開』東洋経済新報社.)
フレデリック・ハーズバーグ「モチベーションとは何か―ニ要因理論:人間には二種類の欲求がある―」、『ハーバードビジネスレビュー』ダイヤモンド社、2003年.
加護野忠男『組織認識論』千倉書房、1988年.

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