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JAXA☆2013年 宇宙ビジネスの旅

JAXA☆2013年 宇宙ビジネスの旅

「出張に行ってくる」と家族に告げ、父が向かった先は―― 宇宙。これは1992年9月、宇宙へと旅立った宇宙飛行士・毛利衛氏の出発前の言葉だ。今や民間レベルで宇宙旅行が叶う時代。そう遠くない未来、宇宙出張に出かけるビジネスマンが現れても不思議はない。「これから人類はどんどん宇宙へ飛び出していかなければならないでしょう」と宇宙開発の将来像を展望する、JAXA(宇宙航空研究開発機構)広報部長の寺田弘慈氏に、私たちの生活に“実は身近な”宇宙ビジネスについて、2010年9月11日に打ち上げられた「準天頂衛星システム(初号機『みちびき』)」にスポットを当て、伺った。

見上げれば、いつもそこに

 準天頂衛星とは、日本のほぼ天頂を通過する「準天頂軌道」を描く人工衛星で、測位機能をもつことから“日本版GPS”とも言われる。現在、初号機「みちびき」は静止軌道に近い3万3000~3万9000キロメートルの高度を、軌道傾斜角約45度、23時間56分の周期で周回。日本のほぼ上空に8時間程度滞留し、日本~インドネシア~オーストラリア周辺を8の字のような特殊な軌道を描き、回っている。
 常に1機の衛星を日本上空(ほぼ真上)に配置することができれば、山間部や高層ビル街など、GPS電波が測位を行うために必要な衛星数が見通せない場所や時間(※測位を行うためには、4つ以上の衛星から測位信号を受信する必要がある)においても、準天頂衛星の信号を加えることにより、測位の可能性を拡げることができる。

 

「長く、そして短かった」と、準天頂衛星の打ち上げまでの日々を振り返る寺田氏。その開発秘話とは。
「本プロジェクトの立ち上げは2001年7月。もともとは通信と測位の2つの機能の持ち合わせた衛星の打ち上げを視野に入れ、民と官の相乗りで立ち上がりました。中でも通信は、今や国内外問わずさまざまなビジネス領域で活用されているので、そこは民が主導権をとり、進める形になりました。しかし、そうしたビジネスの括りで通信衛星の方向性を模索するもなかなかスムーズにはいかず、平成18年2月に、通信に関しては民間事業化を断念するという判断が下されました。これは非常に残念なことでしたが、もう一方の測位衛星に可能性を絞るというようにプロジェクトの方向性を変え、そこから再チャレンジを進めました」
 この頃、すでに世界には「GPS(米国)」、「GLONASS(ロシア)」などの測位衛星があり、欧州やインドや中国などもその開発に乗り出している時期であった。そのため、日本の測位衛星開発に対する意見は二分したという。
「『すでに多くの衛星があるのなら日本独自の測位衛星は不要ではないか』という否定的な意見と、『他国も乗り出している重要な技術であれば日本も開発を進めるべきだ』という肯定的な意見が出ました。それをふまえて検討した結果、その間をとり『とりあえず1機だけやってみよう』という話に。それがうまくいく、あるいは開発時期の情勢動向により国としてやるべきだという結論になれば、その先さらに進めようという判断です。その後、開発を進めるうちに世界情勢も変化し、世間的にも地理空間情報に対する意識がものすごく高まってきました。それとともに、準天頂衛星開発を政府レベルでも応援する風潮が出てきて、期待の声も多く聞こえ始めたのです。これは嬉しいことでありましたが、一方では非常に大きなプレッシャーでしたね」
 重責を感じつつ、2010年8月2日、ついに準天頂衛星は打ち上げを迎える…… はずだったのだが。
「打ち上げ決定の1週間後くらいにトラブルが発生しました。『みちびき』本体の問題ではなかったのですが、それにも搭載される姿勢制御系のリアクション・ホイールと呼ばれる円盤が別の衛星で不具合を起こしたんです。この原因を突き止め、解消しない限り、『みちびき』にも同じようなトラブルが発生する危険性があります。結局、その原因は潤滑剤の汚れによるもので、ホイールを交換すれば問題は解決するとのことでしたが、今から交換作業をしていては打ち上げ猶予期限である9月末ギリギリになってしまうため、かなり焦りました」
 紆余曲折の末、あと一歩というところまで進んだプロジェクト。「この機会を逃せば次の打ち上げは来年、いや、もしかするとその頃にはまた別の衛星が出てきて『みちびき』は打ち上げてもらえないかもしれない」―― 不安が寺田氏の脳裏を過った。
「しかし、ここでトラブル(ホイール交換)を解消せずそのまま打ち上げ、宇宙空間で衛星が停まってしまえば一生後悔すると思い、ひとまず打ち上げは9月中の延期と決め、直ちに作業に移りました。交換がスムーズに進むことと、打ち上げ日に台風がこないことばかりを願う、それはもう大変なドキドキ感でしたよ」

 2010年9月11日、そうして迎えた準天頂衛星初号機「みちびき」の打ち上げ(種子島宇宙センター/鹿児島県)。寺田氏の思いが宙に通じただろう、その日は台風一過の気持ちよい晴天と満天の星空に恵まれた。
「いろいろなロケット打ち上げ関係者からも、『これほど、天候に対して一切の不安材料のない打ち上げは初めてだ』と言われました。私は管制室にいて、実際に飛んでいく姿は見ていないのですが、聞くところによれば『完璧な打ち上げ』だったそうで、とても安心しました」

「みちびき」が導く豊かな生活

 寺田氏をはじめ多くの人々の希望を携え、無事、打ち上げに成功した「みちびき」。しかし、真の勝負はそれを準天頂軌道に投入した後、ようやく始まったのだと寺田氏は語る。
「特に測位衛星では、衛星の軌道をいかに精度よく推定するかという作業(位置測定は地上局にて)が重要なのです。それには当初1年ほどかかると予想していましたが、8ヵ月ほどで完了させました。というのも、今や世界で多くの国が保有する衛星なので、その技術開発はまさに競争。日本もそれに遅れをとるわけにはいかないからです」
 この際、ライバルとして大きな役割を果たしたのが中国。独自の衛星を次々に打ち上げ、整備を進める。またロシアでは、衛星「GLONASS」の政策内での使用を大統領が明言するなど、測位衛星システムを支持する各国の動きは日増しに高まっている。日本でも今後、2号機、3号機の打ち上げを視野に入れ、さらなる開発を進める見通しだ。
 それでは、これほど多くの国々が注目する測位衛星システムは、私たちの日常生活にどのような利便性もたらすものなのだろうか。
「まず、測位の原理では、4機の衛星が同時に捉えられない箇所の位置情報は計測不可能なのです。現在、32機のGPS衛星が世界中をくまなく周回していますが、例えば山やビルなど、高いものに遮られ空を見上げても衛星はなかなか4機見つかりません。ところがそこに準天頂衛星が1機、確実に日本上空(天頂)にあるとなれば、残り3機を見つければいいだけなので、測位の確率は格段に高まります」

 実際に、準天頂衛星システムの技術実証成果例を見てみよう(図1)。高層ビルが多く立ち並ぶ東京・新宿で、GPSのみ(青色)/GPSと準天頂衛星「みちびき」(青色+緑色)で計測すると、測位率は後者で70パーセントにも達し、前者の2.5倍という高い数値となるから驚きだ。

図1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはまだ導入されていませんが、例えば、カーナビケーションにこの測位衛星システムが導入されたら、より精度の高い誘導が可能になります。そればかりでなく、車線のはみ出しや、年に千件以上もあるとされる車線の逆走も即座に認識し、アラート発行することができるのです」
 このGPSの補完・補強機能は、準天頂衛星システムが担う大きな役割のひとつだ。そのほか、GPSには搭載されていない機能もある。衛星から送信される情報に異常があった場合にアラート情報を直ちにユーザに自動発信する「インテグリティ」機能や、震災発生時の携帯基地局のダウンをカバーしつつ、衛星から直接的に諸警報をユーザへ発信する機能である。このような準天頂衛星システムならではの機能が、日常生活における安全性を高めると期待される。
 すでに現在、さまざまな場面で利用されている測位衛星システムだが(図2)、高精度でも、先のカーナビゲーションに使用されるようなサブメートル級のほか、より細やかな測位ができるセンチメートル級もあり、それぞれで用途が異なる。

図2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中でも、センチメートル級の利用で注目されるのが農業なのだと、寺田氏はその画期的な利用法を語る。

「今、農業は高齢化で人手不足が危惧されています。その際、このセンチメートル級を活用すれば、耕運機などの運転を無人で昼夜関係なくとり行うことができます。夜間自動運行させておけば、朝にはきれいな畝が完成しているわけです。また農薬散布時にも、どこに何が植えられているのかという情報が緯度経度情報で管理されるため、目印などをつけなくても、品種に応じたピンポイントでの散布が可能になります。これは、従来の大々的かつ広範囲への散布に比べコストも下がり、環境にもいいという、優れた技術でしょう」
 また土木分野でも、すでに自動化が進むトラクターなどにルート情報などをプログラミングする、あるいは既存情報と衛星からの情報をマッチングさせることにより、丁張などの手間を省き正確かつスムーズな道路整備ができるそうだ。寺田氏は、すでに実用化されている事例もふまえ、さらに続ける。
「局所豪雨の予測精度もアップします。これは、雲の中の水分量に応じ、GPSから伝わる電波速度が変化する原理を利用したもの。今まではGPS衛星(12時間に1回、地球1周)を使用していましたが、24時間に1回、特に日本上空ではゆっくりとしたスピードで周回し、天頂滞留時間も長い準天頂衛星を使えば、真上から雲の水分量を推定し、ゲリラ豪雨予報にも役立てることができるんです」


文|松永理佐

文|松永理佐(編集部)

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