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週末だけのスモールビジネス入門『アプリ開発者 長谷川健一さんの場合』

週末だけのスモールビジネス入門『アプリ開発者 長谷川健一さんの場合』

顔よりも大きい立派な白菜も家庭菜園作

「20代は新しい知識を吸収することに夢中でした。30代は会社でやりたい仕事を任せてもらえて、チャレンジもできて満足していました。でも、40代になって考え込むようになったんです。このままで人生に納得できるのだろうか。それほどの価値があるのか、と」
 ITコンサルティング会社に勤務する長谷川健一さん(43)は、40歳を過ぎてから思い悩むことが多くなった。大企業の社内システム構築をマネジメントする会社での仕事に、大きな不満も経済的な不自由さも感じていない。妻と二人の子どもとの家庭生活も問題ないけれど…。
 何かが足りていないのだ。モノ作りと技術が大好きなのでこの世界に入ったが、年齢が上がるにつれて管理の仕事が増えた。気がつくと、自分でプログラムを書く機会がなくなっていた。
 顧客から直接感謝されることもほとんどない。法人向けのサービスでそれを求めることは難しいのはわかっている。だけど、もっとお客さんと接する仕事で「やりがい」を感じてみたい。好きなモノ作りを通じて――。
 長谷川さんは意外なところに目を付けた。3年前から趣味で続けている家庭菜園である。1区画20平方メートルの市民農園を借りて、トマト、ナス、キュウリ、ピーマンなど10種類ほどの野菜を毎年栽培して楽しんでいる。しかし、長谷川さんには小さな悩みがあった。
「私はズボラな性格なので、デジカメで野菜の写真を撮っても分類できないのです。種を植えてから何日目で芽が出て、どんな肥料をあげてどのように育ったのか、などの記録を残していませんでした。同じ野菜を育てているのに、毎年が試行錯誤。去年はどう育てたのかをすっかり忘れてしまっています」
 自分と同じような課題を抱えている家庭菜園愛好者もいるのではないか。そう思いついて、独自に開発したアプリが「菜園観察日記」だ。育てている野菜をスマートフォンで撮影するだけで、一覧表示や観察メモの入力などを容易に行える。フェイスブックへ投稿して仲間と共有することも可能だ。

成長段階を写真でアプリにUP

成長段階を写真でアプリにUP

 今後の展開も考えている。機能を充実して、農地を貸したい人と借りたい人のマッチングやたまにしか農園に行けない人向けの代行ビジネスに活用するのだ。農園の様子は常設のカメラを通してスマートフォンで観察でき、管理農家と「そろそろ収穫作業です」「週末に伺います」などと気軽に連絡を取り合うこともできる。
「将来的にはプロの農家でも使えるような内容を開発していきたいと思っています。成長過程を見られる野菜を消費者に直販できるインフラもできたらいいですね」
 現在はすべてのアプリを無料で公開しているが、ダウンロード数は100程度にとどまっている。ビジネス化するためには内容を充実させるとともに普及を促進することも必要だ。長谷川さんは昨年末からモニターを募るなどして開発を急いでいる。
「最近、競合になりそうなサービスも出始めています。時間はあまりありません。今春には有料コンテンツをリリースする予定です」
 ただし、アプリ単体ではビジネスとして成り立たせるのは難しいと長谷川さんは分析している。まずは多くの人にプラットフォームとして自由に利用してもらうのが基本方針だ。
「農業に関心のある人がたくさん集まるコミュニティを作ることができれば、広告収入やグッズ販売などのビジネスチャンスが生まれると思っています。利用者数を増やすだけではなく、同じ人に長く使い続けてもらえることを念頭において開発しています」
 自分がほしい菜園管理アプリを作っているだけに、採算を度外視して開発に熱中する面もある。その「熱量」は、仕事というだけでアプリ開発に携わっている人には真似できないだろう。

すべて長谷川さんの家庭菜園から。採れたては色艶が違う

すべて長谷川さんの家庭菜園から。採れたては色艶が違う

 長谷川さんには現実的なところもある。一つは、「菜園観察日記」を発展させるためにいずれ必要となる初期費用や運転資金をもアプリ開発の副業で稼いでいる点だ。
「個人や会社からの依頼を受けて受託開発をしています。好きな仕事をするための週末起業なので、優先順位はあくまで『菜園観察日記』ですよ」
 とはいえ、SEとしてもITコンサルタントしても経験豊富な長谷川さんには常時数件の依頼があり、月平均13万円もの報酬を得ている。週末だけではとうてい時間が足りない。
「週末は少年サッカーをしている長女の練習や試合があるので、丸一日を週末起業に費やすことはできません。毎日少しずつ時間を作っています。朝は5時起きで3時間ほど働いてから会社に行く生活です。起きるのは辛いけれど、アプリ開発の作業はもともと好きなので苦にはなりませんよ」
 パソコンがあれば作業できるため、会社の休憩時間も休まずに副業に充てている。こうして毎日4~5時間をねん出しているのだ。

 長谷川さんの現実主義が伺えるもう一つの点がある。準備にお金と時間をかけ過ぎていないところだ。アプリ開発技術と顧客対応は本業で鍛え上げてきたので新たに学ぶ必要はない。サービスのテーマである家庭菜園は3年前から趣味で行っており、利用者のニーズは実感として把握している。
「起業のノウハウは知らなかったので、『週末起業フォーラム』に入りました。好きなことで起業するための道筋を教えてもらいましたし、切磋琢磨できる仲間もできました」
 転職や起業を志して資格取得やスクール通いに熱中する人は少なくない。本当に必要な知識や人脈を構築するよりも、「何かをやっている」「前に進んでいる」という安心感がほしいのだろう。そんな心理を利用して儲ける「資格ビジネス」すらある。
 長谷川さんのように、自分がすでに持っているものと持っていないものを客観的に見て、不足している部分だけピンポイントで補うという姿勢が重要なのだ。資格取得などの「お勉強」に重きを置きすぎると本末転倒になる危険性が高い。

 本業と趣味で得た知識やスキルをフル活用して、新たなビジネスを無理なく生み出そうとしている長谷川さん。副次効果として、本業にもいい影響を与えている。
「週末起業を始めるまでは、会社の仕事でも『自分のやりたいこと』を求めていました。具体的には、自分で手を動かすプログラミングなどですね。それができなくなってくると精神的に辛かった。自分のビジネスを始めた現在は、就業時間中は『会社のために何をやるべきか』と割り切って働くことができています。長時間労働を避けるためもあって、仕事をどんどん人に任せられる環境を作っています」
 コツコツと何かを作り上げるのが好きな人は、現場を離れたがらないことが多い。しかし、組織においては後進を育てるために年長者はいずれ管理職に回らねばならないのだ。長谷川さんの「会社では管理職、週末起業では生涯現役職人」というワークスタイルは、IT業界に限らず、専門職志向のビジネスマンすべてに通じる話だと思う。
 週末起業で自分も手を動かしてアプリを開発しているので、本業でも技術面で若い人に後れを取ることはない。まさに一石二鳥だ。

 日ごろの家族サービスも功を奏して、奥さんは長谷川さんのチャレンジに理解があるという。前職は経理担当者で実家は税理士事務所だというから、起業家にとっては心強いパートナーだ。
「40代後半になったとき、会社は辞めても辞めなくてもいい状態になっていたいですね。家のローンも教育費もあるので簡単にはいきませんけど」
たとえ独立は果たせなくても、これからの人生が面白くなると思えるようになったと長谷川さんは明るい表情で語ってくれた。ビジネスマンとしても家庭人としても成熟した40代こそがスモールビジネスの「始め時」なのかもしれない。

アプリの画面。撮った写真をそのまま成長記録にできる


長谷川健一(はせがわ・けんいち)
平日はITコンサルティング会社に勤務。週末起業として、スマートフォン向けの家庭菜園管理アプリを開発。妻との間に二人の子がいる。
ameblo.jp/farmers-fun

大宮冬洋Blog 「実験君」の食生活 syokulife.exblog.jp

取材協力:週末起業フォーラム www.shumatsu.net

文|大宮冬洋

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