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週末だけのスモールビジネス入門『ヨガ講師 田中真理さんの場合』

筆者もヨガに挑戦。全身がカタイ!

 月に70本以上のレッスンを行っている人気ヨガ講師がいる。大手企業で社長秘書をする傍ら、ヨガやピラティス(骨格矯正の為のエクササイズ)、アルファビクス(ゴムバンドを使ったヨガベースの体操)などを教えてきた田中真理さん(42)だ。約15年間勤務した会社を今年3月に退職し、副業だったヨガ講師が本業になった。
 教える場所は、東京・八王子の自宅に併設したヨガ・ピラティスサロン。その他、ヨガスタジオ・公民館や各種イベントへの出張指導なども幅広く手がけている。自宅サロンでのレッスンは6名までの限定。90分間で1回1500円とリーズナブルだ。
 取材ついでに筆者もヨガを初体験してみた。正直言って、ヨガには「やたらにスピリチュアル」か「無理なポーズを強いられて痛い」というイメージを持っている。しかし、田中さんのレッスンを受けて偏見だったことに気づいた。
 間接照明でほの明るく、心地良いBGMが流れる空間で、穏やかながらもよく通る田中さんの声だけに耳を澄ませる。ゆっくりと呼吸をしながらいくつかのポーズを実践。簡単なポーズなのに、なぜか腰への負担がスッと抜けたりする。全体的に「体の緊張を解く」ことに主眼が置かれているのだろう。レッスン終了後は、体がなくなってしまったような不思議な感覚だった。大いにリラックスした。繰り返しになるが、これで1500円は安すぎる。大人気なのも当然だ。

屋外でのヨガイベント風景。企画力も重要だ

 田中さんは最初から順風満帆だったわけではない。ヨガ講師のスモールビジネスを始めるきっかけは、30代半ばで過労とストレスのためにうつ病を患ったことだった。
「会社が急成長して秘書としての業務もどんどん忙しくなってきました。本社が移転したので通勤距離も長くなり、朝5時過ぎに起床して8時前に出社。昼食はコンビニおにぎりをかじるだけで、クタクタになって帰宅するのは夜10時過ぎ。そんな毎日を繰り返していた頃、体のあちこちが痛むようになってしまいました」
 国際離婚した経験のある田中さんには息子と娘の二人の子どもがいる。しかし、家族の生計を支えるためには仕事を優先しなければならない。子どもたちを実母に預けっぱなしで、目を向けてあげられない悲しみもストレスに追い討ちをかけた。
「本当にいっぱいいっぱいでした。常に追い立てられているような焦燥感がありましたね…」
 うつと診断された後、母親の勧めでフィットネスジムに通うようになった。そこで出合ったのがエアロビクス。1年間続けているうちに体力が尽き、それにともなってうつの症状も治っていった。
 エアロビクスに惚れ込んだ田中さんは、インストラクターの資格を取得し、教える側に立とうとした。しかし、エアロビクスの動きはあまりにハードすぎて体力的に難しいと断念。
 軽い挫折を経験したが、「体を整えると心も安定する。それを人に伝えて笑顔にできる仕事」の素晴らしさは忘れられない。より動きが穏やかなヨガやピラティスに転身し、解剖学や運動生理学などの知識も習得した。
 ヨガ講師には精神面を強調しすぎる人もいる。一方で、田中さんは必要に応じて「このポーズでこの部分の筋肉が伸びるので、このような効果がある」と科学的な根拠も示してくれる。だから、筆者のように疑い深い人間でも安心して教わることができるのだ。
 さらに田中さんはボイストレーニングの個人レッスンも受けて、運動目的のエアロビクスではなくリラックスするためのヨガを教えるのに適した発声法を学んだという。
「腹式呼吸が身についたので、体育館で70人を前にしても地声で話せますよ」

 これだけの実力を持つ田中さんだが、いきなり独立して稼げるほど世の中は甘くない。ヨガ講師として活動し始めた3年前、本業である社長秘書を続けつつ、週末に公民館を借りてヨガサークルを作って教えることにした。
「母の友だち5人からスタートしました。ほとんどボランティアで、当時の受講料は1人300円。それでも受講者が少ないことがあります。1人だけだったり…。でも、大丈夫。来てくれた人に全力を注いで教えていれば必ず口コミで噂が広がっていくからです。私の経験では、半年続けていればどのサークルも軌道に乗りますね」
 腐らずに地道に続けているとチャンスも訪れる。いつものように公民館でのサークル指導を終えたある日、受講生の一人から「うちでも教えてくれないか」と声をかけられた。ヨガスタジオのオーナーだった。田中さんは即答で快諾。授業数は徐々に増え、現在も週4日で通っている。人数にも依るが多い日は1コマ7000円弱と収入面でも貢献している。
 田中さんの行動力はチャンスを待つことに留まらない。年に数回、山や海など自然に囲まれた外ヨガイベントの自主企画も実行。本業である会社が運営しているカルチャークラブでも、社長に直談判して週末のクラスを受け持たせてもらった。もちろん、報酬もあり。スモールビジネスを始めながらも、本業の秘書業もしっかり務めて信頼を得ていたことの成果だろう。
 社長秘書とヨガ講師には共通点は全くないように思える。田中さんはどのように感じているのだろうか。
「その場の状況を常に把握して臨機応変に行動するところはとても似ていると思います。でも、秘書時代は上司を引き立てることが職務だったので、いつも陰にいました。なので、インストラクターを始めた当初は人前に立つと頭が真っ白になりました。レッスン中のことが記憶にないぐらい緊張してしまって…」
 それでも田中さんはヨガ講師業に大きな手ごたえを感じた。社長一人が「お客さん」であり、仕事を完璧にこなせるのが当たり前、感謝もされにくいのが社長秘書業務。それに比べて、インストラクターは、何十人ものお客さんから直接喜ばれて、自分自身も心身が楽になれる。休みなく働いても体調を崩すことはないという。
「秘書時代は3日でも仕事だけの生活が続くとめまいがしたり食事ができなくなったりしました。精神的なストレスが大きかったのだと思います。今はすっかり解放されました」

自宅リビングを自力で改装したサロンで。初期費用はほぼゼロ

 いつしかインストラクターで稼ぐ副収入は月に15万円ほどに達していた。家族で暮らしていた借家の家賃分に相当。本業に費やす膨大な時間を充てればさらに収入は安定するだろう。田中さんは独立の目処が立ったと感じた。
 とはいえ、15年近くも働いた会社を辞めるのは寂しかったと田中さんは振り返る。大切な仲間だった同僚達とともに1日の大半を過ごしてきた居場所を捨てるのだ。この時代にシングルマザーの身でありながら定職を捨てるのは大きなリスクを負う。『どうしてそこまでするの?』と聞かれることもある。
「ヨガ、ピラティス、エアロビクス、アルファビクス、トレーニング…。たくさんの引き出しを使ってフィットネスの素晴らしさと楽しさを多くの人に広めたい。一人でフィットネスクラブですね。どんな道でも楽して生きることはできません。それなら、夢を貫いて生きていこう、と」
 退職して2カ月後の今年5月、満を持して自宅のリビングルームを使ったヨガ・ピラティスサロンをオープン。自宅を兼ねているので初期投資や賃料の負担は抑えられる。高校1年生の息子と小学校5年生の娘の理解も得ている。
「私は猪突猛進の性格なので、『止めても無駄だ』とあきらめているのだと思います(笑)」
 取材で田中さん宅を訪れると、玄関からサロンに続く廊下にある子ども部屋から、好奇心旺盛そうな娘さんがひょこっと顔を出して迎えてくれた。働くお母さんを見守っているつもりなのだろう。
 今年の冬はヨガの本場であるインドに渡り、45日間の「ヨガ漬け」道場に入門し、さらに技能を磨く予定だ。田中さんの猛進は止まらない。


田中真理(たなか・まり)
大手企業で社長秘書をしながらヨガ講師のスモールビジネスを開始。今年3月に独立。
「MINAMINO FOREST」
http://www.minamino-forest.com

文|大宮冬洋

大宮冬洋Blog 「実験君」の食生活 syokulife.exblog.jp
取材協力:週末起業フォーラム www.shumatsu.net

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