DCブランド全盛期を経て、日本におけるバーニーズ ニューヨーク、アルマーニ躍進の立役者。その偉業にも甘んじず、働く大人のためのセレクトショップ「エストネーション」を創り上げたファッションの達人、髙橋みどり氏。彼女が描く、これからの日本の「衣」とは?

エストネーションの1号店である「エストネーション有楽町店」の外観。400坪という広大な店内には、オンビジネスで活躍するウエアやバッグ、靴、アクセサリーのほか、ギフトに最適なチョコレートや花、コスメティックなどがラインナップされている

小売ビジネスへの情熱が新たなブランドを生んだ

 ではなぜ、そこからエストネーションに?
 多くの人がここで疑問を感じるはずだ。このような華々しいキャリアを積みながら、再びスタート地点に立ち戻り、新たに多大な労力をかけてゼロから創り上げる。そこまで彼女を追い込んだ情熱とは一体何だったのだろう。
「『小売』というビジネスの楽しさを、バーニーズを通して知ってしまったのです。小売って日々、売り上げに追われてたしかにつらいんですよ。でも毎日様々な人と出会い、ワンテイストではない色々な商品が揃えられる楽しさ。伝えたいメッセージの発信の仕方。すべてがとても楽しかった」。

 バーニーズ日本上陸を成功させた、伊勢丹出身の仲間や友人とともに、自分たちのような働くオトナが行きたいと思える「かっこいい」店を作ろうと決意。4年がかりの一大プロジェクトが始まった。本業の仕事を続けながらの二足のわらじ生活。
 成功に囚われない、常に果敢な挑戦者にこそ幸運の女神が微笑むのだろうか。彼女達はサザビー(現サザビーリーグ)創業者の鈴木陸三氏と出会う。鈴木氏はサザビーやアフタヌーンティーはもとより、当時はスターバックスジャパンへの出資などでも注目されていた人物であった。
「鈴木さんは、自分たちも若い頃から、今の仕事をやってきたから君たちの気持ちはわかるよ、と。だからこれから一緒に勉強していこうよと言ってくださいました。そこで毎週宿題を出され、夢物語がどんどん数字に落とし込まれていきました。最初は私たちと鈴木さんだけだったのに、そのうち副社長や経営企画室など、サザビー側の人が増えてきて、『お、本格的になってきたな』と思いましたね」。

エストネーション時代の髙橋氏

 当初、店のコンセプトとしては、バーニーズにかなり近いイメージを持っていたと髙橋氏は振り返る。しかし、丸の内近辺で働く30~40代の服装をリサーチしていたら、やはり自分たちは「日本発信型」でなければならないと思うようになったという。
 エストネーションという名前には、「EastNation=東の国」からという意味。そして「EN=縁と輪」という意味が込められている。
「自分がニューヨークで初めてバーニーズに行って衝撃を受けたように、海外から人が来るときに、秋葉原だけではなく(笑)『あのお店だけは見ておきなよ』と言われるお店にしたい。日本の匂いを持ちつつ、新しいことを発信しているお店になりたいと思いました」。

 最初は本当に苦しかった。エストネーションなんて誰も知らなかったから。だが髙橋氏の言葉は力強い。
「セレクトショップはブランドと一緒に店を(マーケットを)『作り上げていく』のだと思います。バイヤーが足で探して、これぞと思うものを持ってくる。それをうちのテイストに合うか合わないかを選別し、値段と品質についても考慮します。どんなにいいものでも、日本でのワーキングシーンで着られるかどうか。そして高すぎてはいけない。この積み上げが、エストネーションの場合は『働く』というコンセプトを共通言語にして、テイストとして進化させていったのです。」そこに小売の面白さがある、と。
 また、エストネーションには「働く」というひとつの強いメッセージがあったからこそ、働く人たちのそばにいたかった。「店舗の場所にはものすごくこだわりました」。
 有楽町、六本木ヒルズ、銀座--エストネーションは日本のビジネスエグゼクティブたちに、見事なまでに歓迎された。「かっこいい」オトナの店がようやく日本にも誕生した。