NYで受けた衝撃が転機に
「すごい衝撃を受けました。訪れる人といい、扱っている物といい、お店全体がものすごく『オトナ』だったんです。こんなのが日本にあったらいいなぁと」。
1980年代前半、髙橋氏が初めてバーニーズ・ニューヨークを訪れたときの印象だ。客はリムジンで乗り付け、ドアマンが店の扉を開ける。客の買い物にはパーソナルショッピングサービスが対応する。バーニーズの店員一人ひとりが、自分の仕事に誇りを持っている。そんな印象を強く受けたという。
当時、髙橋氏は全盛期だったDCブランド「メルローズ」の企画部販促係。今でいうプレスの走りである。好業績だった会社は、彼女を2週間の海外研修に行かせてくれた。行き先は自由。1週間ずつパリとニューヨークに行くことにした。「ニューヨークに行くならバーニーズを見ておいたほうがいい」--周囲から受けたアドバイスに従った、それが彼女のその後の人生の大きな転機となる。
メルローズ時代は本当に楽しかったという。しかしこのバーニーズで受けた衝撃は、彼女の脳裏から離れることはなかった。ちょうどその頃、バーニーズが伊勢丹を通じて日本に進出することになり、PRを探していた。まさに渡りに船。彼女には運命的な巡り合わせだった。





















