世界最大都市ニューヨークで富裕層に多くのリピーターを持つレストラン「MEGU」。人々の関心が移ろいやすいニューヨークで、単なる幸運と偶然だけでは成功は続かない。「MEGU」には強固な屋台骨として、緻密な計算に基づくマーケティング戦略がある--
text: 加藤紀子(編集部)

NYトライベッカ店の店内。正面に見えるのは氷で作られた大仏。シェフが毎日制作する

商社マンからレストラン経営へ

 CEO西田康宏氏の経歴は異色だ。レストランでのアルバイト経験もない。料理も全くの素人。つまりシェフではない。そもそも最初からレストランビジネスに興味を持っていた訳ではない。
 父親をはじめ親戚の多くが銀行員という家庭に生まれ、父親の赴任でベルギーやカナダにも暮らした。銀行への就職を嫌い、彼が最初に選んだ場所は総合商社であった。
 日商岩井(現・双日)時代、外務省のODA関連のプロジェクトに携わった後、グッドウィル・グループ(現ラディア・ホールディングス)からヘッドハントされ、介護事業コムスンの立ち上げを任される。
 コムスンの黒字化を達成した後、国内における富裕層向け介護事業の付加価値として、世界から注目される「食」のブランド調査の指令を受ける。2001年の秋、西田氏は2週間の出張でNYへ飛んだ。

「当時、僕がここへ来たときは、和食屋はふたつのカテゴリーしかありませんでした。ひとつは主に日本人の駐在員を対象とした居酒屋。もうひとつはフュージョン(2カ国以上の料理を組み合わせたもの)系でした。フュージョン系レストランのメニューの7割は寿司で、和食=寿司というイメージがとても強かったですね」。
 なぜ、和食はフュージョンでなければいけないのか? 西田氏は疑問を抱く。
「そこで僕が思いついたのは『モダン・ジャパニーズ』--昔と今の複合です。これを我々が和食の中で新しいカテゴリーとして作り出せると思いました」。
 食は大地の恵み--「恵」=MEGUの歴史がここから始まる。

市場を数値化して分析

 早速、西田氏は綿密な市場調査を始めた。
「リアリティをきちんと数字で理解することが僕の信条です」。市場を数値的に理解して「何が足りないか」を徹底的に分析した。
 当時、セレブ達に絶大な支持を受け、半年先まで予約が取れないとまで言われていたのがフュージョン系レストラン「NOBU」。NOBUはニューヨークで和食ブームのパイオニア的存在であった。そこで西田氏が思いついたのは、「競合」ではなく「共存」である。
「一消費者として、豊かさとは選択肢の数であるはず。だから我々がNOBUと比較できるわかりやすいコンセプトを打ち出せば、お客様は必ず来てくれると確信しました」。
 西田氏のやり方はとてもスマートだった。NOBUのメニュー比率は寿司が7割。その他が3割。だからMEGUでは逆にした。NOBUのメニューには最初に寿司が書かれているが、MEGUのメニューでは寿司を最後に据えた。そうすると消費者は「NOBUへは寿司を食べに行き、MEGUへはそれ以外の和食を食べに行く」ことができると考えたのだ。

 また、1週間に1リットル以上のワインを飲むといわれるフランス、イタリア系の人々を念頭に、ワインは600種類用意した(日本人は年間約2.5リットル)。和食屋がこれだけの数のワインを用意するのは新しい挑戦であった。ワインに合う美味しい肉にもこだわった。神戸牛を飼育している牧場をくまなく視察し、オレゴン州にある全米唯一の日本人ランチャー(牧場経営者)と契約。完璧な衛生管理の下、きめ細やかな飼育をしているからと西田氏は高く評価した。調味料も日本のものに限定。例えばフュージョン系ではハラペーニョというメキシカン・スパイスを使うが、MEGUではあえてかんずりを使用する。
「最終的に自分が一消費者になった時、絶対的に信頼できるものを選びたい。その一心でひとつひとつを徹底して調べ上げました」。
 一方で、日本の伝統料理であってもアメリカ人には食べづらい調理法は避け、フュージョンにあるようなプレゼンテーション(料理の見せ方)は重要視した。

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